第93話 御毒見役
老健施設長の昼食は(十一時と)早い。
お役所の指導で、御毒見役は利用者よりさきに食べなければならないのだ。
…とは言うものの、朝の早い爺医にとっては腹のすく頃である。
○十一時に検食をして責任もち「メニューも調理も合格」と記す
▼プロジェクトTはモットー「食べる楽しみを安全に提供します」を掲げている。
その使命は「食べる」…正確には「食べさせる」こと。
つまり、摂食機能の低下した高齢者が安全に楽しく食事をとれるよう支援している。
▼しかし〈楽しみ〉と〈安全〉との両立は容易ならず。
特に人手不足の介護業界では(認知機能や摂食機能の低い)高齢者への個別対応が難しい。
そこでどちらかと言えば安全優先で楽しみには目をつむりがちな施設が多いと聞く。
▼数年前までは〈胃ろう〉をつけて入所する高齢者が少なくなかった。
家族の話によれば、誤嚥性肺炎の入院を繰り返し「このままでは餓死しますよ。胃ろうをつけますか」と医者に問われて同意した、と。
入所の頃は無気力に座って栄養剤を注入されていただけの婆さんが(多剤併用の見直しを済ませ)スタッフの声掛けにも慣れた頃の出来事。
○胃ろうの婆「わだすさもまま」と言ひてのち無言に食しぬ茶碗八割
▼その一方では(胃ろうにこだわり)経口摂取を断る家族もいる。
「ご飯を食べさせれば誤嚥性肺炎を起こしますよ」と病院で注意されたらしい。
胃ろうをつけても(口腔内の唾液を誤嚥する)不顕性誤嚥による肺炎のリスクはなくならないのだが…。
▼毎月の給食会議には多職種が参加する。
コロナ禍のおり(限られた食費のなかで)楽しみを演出する管理栄養士や調理スタッフには感謝の言葉しかない。
○コロナ禍の憂さ晴らさむとて老健のメニューふえれば検食うまし
(20210208)
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