第92話 タカラジェンヌ

 居間で妻の携帯が鳴った。

「ええっ」と大きな声は聞こえたが隣室なので話の内容は分からない。

 しばらくして書斎に入ってきた妻が言うには…。

「海田先生が亡くなられたんですって」

「あの、カリフォルニアの?」

「うん。でも、ご主人が亡くってからは、息子さんのそばで暮らしていたそうよ」


▼グーグルマップで「カリフォルニア州オレンジ郡ガーデングローブ」と入力。

 留学先のUCI‐MC(カリフォルニア大アーヴァイン校メディカルセンター)は簡単に見つかった。

 記憶をたどって、チャップマン通りを西へむかうと左手にクリスタル大聖堂。

 その裏手にはオークウッド・アパートメントがある。

 家族で遊んだプールもテニスコートもジャグージもバーベキュー炉も、あの頃のままに見える。

 30数年前が懐かしい。

▼アパート二階の我家から(子供たちの遊ぶ)プールがのぞめた。

 毎日のようにプールサイドで語らう老夫婦に妻が声をかけたのがきっかけだった。

○若き日のキャリフォーニアの甘き風をグーグルマップにて手繰り寄せをり


▼海田先生は元タカラジェンヌで、同期には音羽信子らがいたと聞く。

 日系二世アメリカ人と結婚後、カリフォルニアで暮らし始めたそうだ。

 私たちと出会った頃は、アメリカの家庭料理を日本人駐在員の奥さんたちに教えていた。

 妻も教室に通い、かわいがられていたらしい。

「これ海田先生からいただいたのよ」とパールのネックレスをセーターに合わせ今でも自慢する。


▼二人でマンションのベランダに並び、東の空へ手を合わせた。

 早池峰山の向こう側は三陸海岸。

 そして太平洋の対岸はカリフォルニアだ。

「まもなく東日本大震災から十年になるなぁ」―合掌。

○東方を遠望すれば雪かづく早池峰の向かふに三陸の海


(20210208)

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