第89話 西暦二〇四八年

 カーツワイルの唱える「シンギュラリティ」とは技術進化のスピードが無限大になることらしい。

 それが2045年に到来する、との予言で一首。

○怖いもの見たさで思ふ近未来、百寿の吾とシンギュラリティ


▼自動運転の電動トラムを最寄りの県庁市役所前で降りた。

 十年前になるだろうか…市街地のマイカー乗り入れが禁止されて以来、のんびりと歩く市民や観光客が目立つ。

 料金がタダで市街地を自由に移動できる便利さが受け、電動トラムの路線は盛岡市外にも拡大した。

 滝沢ライン〈チャグチャグ号〉なら、青山のマンション前から買い物にも通勤にも便利だ。


▼街角にデンと置かれた吸い殻入れが消え、盛岡にはタバコの煙も臭いもない。

 2020年11月4日に盛岡駅前広場の喫煙所が撤去され〈タバコフリー岩手〉のキャンペーンは大いに進んだ。

 さらにコロナ禍で、岩手県内の市長さんや議員さんたちが決心した〈卒煙〉の効果が大きかったことは言うまでもない。


▼停留所から徒歩数分の通勤先は〈三田俊次郎研究所〉だ。

 かつて内丸にあった岩手医科大学旧館を改修した〈もりおか医療博物館〉と併設されている。

 ここで私は認知症の研究をしてきた。


▼研究テーマ「ウイズ・ディメンシア」と銘打って、認知機能が衰えても楽しく過ごす方法を追究しているのだが…。

「もちろん身体を張っての研究である。その方法を教えてほしいって? 研究内容については、契約上の守秘義務があるので話せませんよ」


▼私の話を聞いていたジャージ姿の女性は、笑顔で介護記録を閉じた。

 表紙には、中村幸夫(100歳)と書かれている。

 利用開始日が2048年とあるのは何のことだろう?

 ちょっと不安だが、わざわざ確かめるのも怖い。

「センセ! 演説は終わりにして、おやつにしましょう」


(20210111)

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