第86話 セレンディピティ

 クリスマスの5日前、ニューヨークのデパート。

 一双しかない黒いカシミアの手袋を取り合うことで偶然出会った男女のラヴ・ストーリー。

 2001年の映画『セレンディピティ』を思い出す。

 ネタバレのタイトルだから安心してハッピーエンドまで楽しめる。


▼〈セレンディピティ〉を初めて使ったのは『セレンディップの3人の王子』というペルシャの童話を読んだ18世紀のイギリスの作家トマス・ウォルポールらしい。

 3人の王子が旅の途中で(偶然と洞察力によって)いろいろな発見をする物語である。


▼ノーベル賞を受けた科学者などがインタビューで使う「セレンディピティ」は〈予測していなかった偶然の幸運〉の意味だろうが、そのためには〈幸運な偶然を手に入れる力〉が必要である。

 単なる偶然ではないのだ。


▼そんな大それた話ではないが、私にもセレンディピティのかけらが舞い込んだ。

 エッセイのネタに使えそうなアイデアをパソコンに書きため、時々それを読み返し熟成を待つ。

 夜はベッドで目をつむり、5個か6個のパラグラフ(段落)を並べ替えているうちに…。

○明け方の目覚め際ふとエッセイのネタ湧くこれもセレンディピティ


▼忘れないよう、枕元のメモ用紙に書き留める。

 新聞の折り込み広告(なかでもパチンコ屋の白い裏紙)が重宝だ。

 そのあとの二度寝も、寒いこの時期は至福のひとときである。


▼クリスマスが近い。

 コロナ禍で外食にも行けず老夫婦はキャンドルをともす。

 30年前、手作りローストチキンを親子五人で囲んだカリフォルニアでの暮らしを懐かしむ。

 …という〈偕老ノベル〉を書いているが筆は進まない。

「チャンスは準備している人に訪れる」というから〈セレンディピティ〉を気長に待つとしよう。


(20211221)

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