第43話 歩行バランスを

 書斎から真正面に〈雫石スキー場〉が遠望できる。

 春から秋までは岩手山の左へ連なる山々の一つだったのに、冬には(真っ白なゲレンデが目立つから)一目でそれとわかる。


 自称「爺医」の私も、半世紀前は若い医学生だった。

 特に冬は〈弘前大学医学部スキー部員〉なので超多忙だった。

「年度末試験だけは滑らないように!」

 競技スキーとしてアルペンだけでなくノルディックもやらされた。

 卒業記念のパネル写真には、15キロのゴールを前に(よだれと鼻水をたらしながら)滑る勇姿(?)が残っている。

○ゲレンデを温き書斎より眺むれば嘗(かつ)て描きしシュプールさへ視ゆ


 年末に運転をやめてから、歩く機会が増えた。

 弘前でなら「ぎゅっぎゅっ」と雪を踏みしめての散歩も楽しい。

 …でも盛岡は(陽の当たる歩道はカラカラなのに)日陰のアイスバーンが怖い。

○大寒の盛岡の朝はアイスバーン転倒おそれて妻と手つなぐ


 盛岡のアイスバーンで改めて学んだ。

「歩行バランスを侮るなかれ!」と。


 ヒトは〈感覚機能〉から伝わる情報を元に正しい動きができる。

 視覚や聴覚だけでなく、触覚や深部感覚(位置覚・関節覚など)も重要な感覚機能だ。

 言うまでもなく、平衡感覚は重要であり(重力に対しての)上下関係を察知する。


 バランスを保つには、当然〈運動機能〉が必要だ。

 骨格筋が収縮して関節が動き、バランスの良い位置に骨を動かす。


 同様に〈認知機能〉も必要不可欠である。

 環境が変化するなか、感覚情報を即時かつ何度も分析しなければ、二足歩行などできるはずもない。


 書斎からゲレンデを眺めているうちに〈クリスチャニア〉や〈ウェーデルン〉が頭をめぐる。

 …が、もう滑ることはない。

 それどころか(滑って転ばぬよう)一歩一歩を踏みしめて歩きたいもの。


(20200203)

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