第32話 命の関守石
昔は「しにじらせ」と言った。
亡母が「ぶぢょほぉしねよに」と天眼鏡で念入りに探していた…新聞の最下段〈お悔やみ〉欄のことである。
近頃は「慶弔欄」だ。
〈お悔やみ〉のほかに〈お誕生〉と〈ご結婚〉とがまとめられている。
われわれ団塊世代が生まれた頃に慶弔欄を掲載したら、〈お誕生〉と〈ご結婚〉だけで紙面が一杯になっていたかもしれない。
こんなことにも時代の変化を感じる。
よく見ると「慶弔欄は当事者から希望があった場合にのみ掲載しています」と但し書きがある。
それを考慮しても、〈慶〉が減って〈弔〉が増えたことには違いないだろう。
○〈慶〉が減り〈弔〉の増えたる慶弔欄 「絶滅危惧種」にならむかヒトも
2018年の出生数は91万8397人で、これまで最少の前年を2万7668人も下回った。
一方、死亡数は136万2482人で戦後最多。9年連続で増え、前年より2万2085人も多い。高齢化の影響で、2012年からは死亡数の7割超が75歳以上になっている。
これらの数字の根拠が〈出生届〉と〈死亡届〉だ。
当然、どちらの〈届〉も本人が出すわけではない。
家族が役所へ出す際に必要なのは、同じ用紙にあらかじめ医師が書いた〈出生証明書〉であり〈死亡診断書〉である。
産科医だった頃〈出生証明書〉を随分と書いたが、どれくらいの数だったかは覚えていない。
…が、「おめでとう」と「ありがとう」の繰り返しだけは記憶にある。
一方の〈死亡診断書〉は、老健で看取りを頼まれるようになり書く機会がふえた。
そのほとんどは「老衰死」の診断である。
遺族の言葉「おかげで天寿を全うさせることができました」に正直なところ肩の荷がおりる。
○〈とりあげ〉も〈みとり〉も遣りし爺医(じじい)なれば「命の関守石」とも言ふべし
(20191104)
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