第31話 即位礼の日に

 「日本百名山」一覧によると、岩木山「津軽富士」は難易度☆体力度☆☆だ。

 若いころは登山どころか頂上から春スキーを楽しんだもの、と老いの繰言。


 岩手山(難易度☆☆体力度☆☆☆)はとても無理だ。

「南部片富士」の裾野を左手にたどれば(日本昔話に出てくるような)チョコンとした山が目につく。

 このかわいらしい鞍掛山を書斎から見るたび、いつか登りたいと思っていた。

 …が、梅雨だからとか酷暑だからとか先延ばししているうち、平地でも紅葉が始まってきた。


 雪が降ったら仕舞いだ。

「地元の小学生が遠足で登る」と聞き、古希すぎの夫婦も本気になった頃の祝日…令和元年十月二十二日。

 スマホのベルが鳴った。

 仕事用は敢えて黒電話音に設定してある。

 車を近くのコンビニに停めて対応。

 ナースからの用件は済んだが、念のためカルモナに向かう。

 一仕事を終えて(患者さんとナースと爺医と)皆が安心できた。


 医者になって以来、どこかへ出かけると、ポケベルやケイタイが鳴る…ことが多い。

 幼い子供らにとって、約束破りの父親だったことだろう。

 産科医の宿命…「出もの腫もの時知らず」と広辞苑にも載っている。


 登山はあきらめたが、持参のおにぎりを食べようと〈たきざわ自然情報センター〉までのドライブに代えた。

 管理人が教えてくれた〈くらかけ遊歩道〉を巡る。

「どんぐり森」には、朴の落ち葉のうえに沢山のどんぐりが落ちていた。そのひとつを「記念に…」と手にした妻、きっとベランダの鉢に植えるはず。


 宮沢賢治の詩碑「くらかけの雪」のそばで、鞍掛山を眺めながら昼食にした。

「登山できなくて残念だけど、ここまで来れてよかったね」の弁解に「十分十分、はなまるヨ!」と妻。

○みちのくの鞍掛山も錦秋なり即位礼の今日はおにぎりも旨し


(20191028)

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