第22話 文壇デビュー

 妻はメールを読みながら「ファンレターみたい。こんなに褒められたら、頑張ってしまうわよね!」と笑う。

 差出人は私より一回りも年上の男性で、そのお名前には見覚えがあった。


 新聞へ投稿している方なら、自分の名前を探すのは毎朝の習慣だろう。

 自分と一字違いのお名前が気になる。見つけた時は「幸輔さんが載ってるよ!」と妻にも読ませる。

 その幸輔さんから、お褒めのメールが届くとは…。

 幸せなことに、今も感想文のやり取りが続く。

「爺メル友か?」などと冷やかすなかれ!


 数か月前のこと…個人用の携帯が鳴った。

 発信元が未登録なので、用心深く「もしもし」とだけ…。

 東京の出版社を名乗る男性は、「入賞には届きませんでしたが、ちょっと手を加えたら出版できますので」と、営業トークを始める。

「人生十人十色大賞」と聞いて、かなり前に応募したことを思い出した。

『入賞作品は無料で出版します』という誘いに、ひょっとしたらと夢をみたことも…。


 熱心な担当者のお世辞は続く。

 あげくに刺されたトドメ…「単行本は三百万ですが、今回は文庫版ですから安く上がります」と。

「ちょっと加える」のは、〈手〉ならぬ〈大金〉だった。

「とても私の本が売れるとは思えません。お話をいただけたことを励みに、文章を書き続けます」と、精一杯の見栄をはる。

○電話あり「三百万」の一言に上梓せむ夢ぞ砕け散りける


 高齢者の文壇デビューが話題になっている昨今。

 それに憧れる私たち団塊世代は、格好のターゲットに違いない。

「あなたは特別な人だ」と自尊心をくすぐりながら、つまらない本を出版させて世間のゴミを増やす。

 詐欺師と一流の営業マンは紙一重、とも聞く。


 文壇デビューの夢など見なくても、図書券付きで隔週の連載枠を持つ幸せな爺医はつぶやく…。

「ありがたき哉 盛岡タイムス」と。


(20190729)

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