第19話 ハイボール

 眞木正博先生(秋田大学名誉教授)の訃報が旧友から入った。

「数日前の講演会でお会いしたばかりなのに…」と。

○九十二歳(くじふに)の恩師が訃音に驟雨あり 四十余年や一気にめぐる


 眞木先生の弘前大学(助教授)時代…。

「産科DICの眞木」とも称された先生は、新米産科医にとって憧れの研究者だ。

 我々が夜遅く病棟の仕事を終えて医局に戻ると、実験を終えて一杯機嫌の先生は気さくに語りかけ…穏やかな御国訛りを40年以上たった今でも思い出す。


 先生のお気に入りは、レモンをたっぷり絞ったハイボールだ。

「こうすると二日酔いしない」というのが口癖。

 そこで弟子たちは、先生がトイレに立つすきを狙って、サントリーオールドを継ぎ足す。

 戻った先生は、「濃いなぁ」と笑いながら話をつづけた。

 結局、レモンの二日酔い防止効能は確認できずじまい。

○恩師作〈レモンたっぷり〉ハイボール 弟子らはジュースと揶揄したるかな


「ハイボール」の命名には諸説あるが、ボール信号説を紹介しよう。

 開拓時代のアメリカ…鉄道には〈ボール信号〉が使用されていた。

 ボールが上がっていれば進行(go)、上がっていなければ停止(don't go)を意味する。

 駅員がウィスキーをなめながら、望遠鏡で隣の駅の信号を眺めていたところ…ボールが上がったので「ハイボール!」と叫び、ソーダ水を入れて一気に飲み干した…とさ。


 安全側故障:ハイボールに進行信号を対応させているため、故障により許可信号が出なくて発車できないことはあっても、大事故に繋がることはない。

 つまり「許可信号の表示には、エネルギーの高い物理的状態を対応させる」というのが〈安全の原理〉だ。

 リスクマネジメントの立場からも理にかなっている。


 恩師の思い出話は、ハイボールのあたりで脱線してしまった。


 そこで改めて…恩師に献杯! 合掌


(20190617)

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