第2話 高所恐怖癖

 気持ち好い風のベランダ。

 盛りを過ぎたミニトマトが、プランターで揺れた。

 洗濯物は日よけになり、読書する目をかばってくれる。

「晴耕雨読」や「読書三余」ではないが、「ベランダ読書もまた楽しからずや」である。


 妻が紅茶を持ってきた。

「こんな高いところまで、よく飛んで来たね」と声をかける。

 柵の上に、バッタが一匹。

 強い風に運ばれてきたのだろう、と解説してから紅茶をすすった。


 高い場所は、子供の頃から苦手だ。

 国立国際医療センターの官舎が10階だったので、引っ越した当初はエレベーターから壁伝いに歩いたほど。

 もちろん、大都会の夜景は魅惑的で、ベランダでの一杯も忘れられない。


 そんな私が、ヘリコプターに乗った!

 東日本大震災後、沿岸地域で運用された医療用多目的ヘリだ。

 メディカルアドバイザーを引き受けたはずが、患者搬送の同乗もした。

 …が恐怖だけではなかった。


 オレンジ色のJA9347機は、愛称がリスだ。

 機長曰く、フランス製はプロペラが右回りなのだとか。

 見様見真似で、マーシャリング(誘導手信号)を手伝った記憶…楽しさもあった。


 地上を見渡す余裕が生まれる。

 驚いたのは、鳥観図が示す情報量の多さ。

 新幹線や高速道は、ヘリにとっても道標だ。

 似たような住宅地では、形や色がユニークな公共施設が目印になる。


 ビルの屋上は、上空への情報発信の場だ。

 災害時に飛び回るヘリが、施設の被害情報を把握してくれるはず。

 施設トリアージ用SOSシートは市販されているが、危機管理の意識づけには、自作して運用するのも良かろう。


 「バタバタ」音に空を探したが、オレンジ色のリスは来るわけもない。


 洗濯物が大きく揺れた。

 陰にいたはずのバッタはいない。

 きっと今の強い風に乗ったのだろう。


(20181008)

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