ある陸橋の風景 🏙️

上月くるを

ある陸橋の風景 🏙️





 水色の塗料が剥げかけて、あちこちに赤さびが浮き出ている。

 信号待ちの車から見えるのだから、近くではどんなにか……。


 日本列島縦断の大動脈と観光地への道、二本の国道が交差する地点をまたぐ陸橋。

 華々しいデビューに心を躍らせたのは、当時の国交省のお役人さんだったろうか。


 あれから何十年かが経過し、上昇一辺倒だった日本経済&世界におけるポジションの急速な失速、国民のライフスタイルの変容……いまや無用の長物と化して久しい。


 だいたいからしてユニバーサルデザインに反しているというのは最近の考え方で、あのころは増えつづける車に並行する交通事故の急増に窮余の一策だったのだろう。


 


      🏬




 陸橋と似て非なるものに地下道の設置があった。

 歩行者は地上か地下かの二者択一というわけで。

 

 風雨に滑りやすく傘が飛ばされる危険性がある前者に対し後者には防犯上の問題があり、コンクリートに囲まれた昼間でも薄暗い空間は大人でも不気味な感じがした。


 登下校の小学生を守るため保護者が動員され、毎日交替で立ち当番に当たったが、忙しいおかあさんたち、いまもふたつの入り口に立っているだろうか、ご苦労さま。




      🧣




 話をもどすと、晩秋の夕暮れ、あの陸橋の真ん中に立ち尽くしていたことがある。

 コートも着ず、薄いカーディガンだけで間近な季節の棘を含んだ風に吹かれ……。


 正面には藍に暮れなずむ東山、背後には太陽を沈ませた西山の連峰が並んでいた。

 すぐ眼下を点灯させ始めた黄色いヘッドライト&赤いテールライトが行き交って。


 ここから飛び降りたら、錐で揉みこまれるような苦痛から解き放たれるだろうか。

 すべてをなかったことにして、がんじがらめの束縛からも自由になれるだろうか。


 とそのとき、真下を走り抜けた一台の車から「ケ~ン!」犬の鳴き声が聞こえた。

 われにかえると、幼い息子たち&愛犬の面影がよみがえった。(ノД`)・゜・。・




      🐶




 夫の気持ちが外に向いていることに以前から気づいていたが、認めたくなかった。

 ひとめ惚れは向こうからで、強引に引っ張られて来たのに、いまさらそんなこと。



 ――わるいけど、あんたと同じコップ、おれ、もう使えないから。(-_-)zzz



 それこそどの口が言う?だが、とっさに曖昧な笑みを浮かべたような記憶がある。

 そんなにいやなんだ、わたしのこと、コップを共有しているだれかがいるんだね。


 あまりの衝撃の大きさに、怒りと絶望が湧いて来たのは、少し経ってからだった。

 わたしのいやな点はなに? みんな直すから教えて……縋ったが返事はなかった。




      🪞




 簡裁の調停員が念を押してくれたが、養育費の約束は三か月しか守られなかった。

 スーパー、清掃、居酒屋、運転代行その他諸々……昼も夜もがむしゃらに働いた。


 とうさん、かあさん、ごめんなさい、わたし、ずいぶんと汚れちゃったんだよ~。

 でも信じてね、心までは汚していないつもり、あなたたちの自慢の娘だから。💧


 


      🌺




 末子として愛した犬は天寿を全うし、ふたりの息子たちはそれぞれ家庭を持った。

 初老と呼ばれる年齢に至ったわたしは、簡素ながら穏やかな後半生を送っている。

 

 再婚した元夫のその後を教えたがる親切なご仁もいるが、NOサンキュー。(笑)

 もしどこかで再会することがあったら……わたしきっと、その場で嘔吐する。🐬




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ある陸橋の風景 🏙️ 上月くるを @kurutan

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