第54話 冬来りなば春遠からじ 後編

「……やっぱり、カナタくんですか」

「情報なら任せてや! ……それで、ほんまなんです?」


 カナタくんの声色からは嘘であってほしい、そんな気持ちが読み取れた。


「はい。年度末をもって、退職します」

「っえ!? なんで、なんで!?」


 この場に聞こえるはずのない甲高い声にびっくりしていると、いつの間にかイーゴンくんがわたしのすぐ目の前まで近付いていた。彼だけは今不意に知ってしまったのだろう。泣き出してしまいそうな表情を向けたと思ったら、いきなり抱き着いてきた。イーゴンくんがわたしの家に来た時と同じように、辺りがぱあっと明るくなる。


「回復魔法……」


 ヒューゴくんが小さく呟いた言葉で、イーゴンくんの行動のすべての点と点がつながった。

 回復魔法は基本的に怪我を治す魔法だ。けれど、人数が少ないこともあって詳細までは解明されていない。同じく解明されていないわたし相手になら、もしかしたら通用するかもしれない。そう思って、家に訪れる度に毎回魔法を施したものの魔力は回復しなかった。

 だから、イーゴンくんは帰る時、いつも悲しそうに笑っていたんだ。


「なんで、ぼくの魔法、使えないの……っ」

「ワルデン、回復魔法は怪我のための魔法だ。グレース先生のように魔力の補給はできない。君が一番分かっているだろう」

「分かってるけど、分からないじゃん! まだ、ぼく本気出してないから、全力使うからっ」


 そう言って、イーゴンくんはもう一度抱き着いてきた。その瞬間、辺りがこれまでにないほどの明るさに包まれる。


「……イーゴンくん、そこまでや。きみの方が倒れてまうで」


 カナタくんはわたしとイーゴンくんの間に入り、イーゴンくんを無理矢理に引き剥がした。回復魔法の使い手で身のこなしや力を必要としないイーゴンくんは簡単に持ち上げられてしまう。明るくなった室内が元に戻る。


「やだ! ぼくが絶対に治すんだからっ!」

「……きみを危険にさらしたら、おれがお上に怒られてまうから、堪忍な」


 そう言ってカナタくんは困ったように笑った。

 お上、つまり、国のお偉いさんのこと。彼の言葉をそのまま受け取るなら、国家となにか関わりがある、ということだろうか。いつだって飄々としていて真意を掴めなかったのに、わざわざ機密を匂わせてまで止めるということは、イーゴンくんが国にとって大事なのだろう。

 まだどうにかして抜けようともがいているイーゴンくんの頭を優しく撫でる。


「イーゴンくん、ありがとうございます。でも、もういいんです」

「っなんで!」

「わたしはみなさんと違って魔力が戻らなくても、見ての通り元気です。ですから……」

「でも……」

「また、わたしの家にお話に来てください。退職はしますけど、もう会えないというわけではありませんから」


 そう笑いかけると、イーゴンくんは徐々におとなしくなって、カナタくんの制止も必要がなくなった。

 よかった。わたしのせいでイーゴンくんまで倒れてしまったら、一生自分を恨んでしまうだろう。


「ックソ!」

「ケイレブくん!? あ……」


 ホッと胸をなで下ろしたのも束の間、今度はケイレブくんが叫んだと思ったら、来た時と同じように大きな音を立てて供給室から出て行ってしまった。彼とは学園祭以来まったく話していないから、たくさん話をしたかったのに……。

 体質的に、一番供給を喜んでいたのはケイレブくんだったから、何も伝えられずに学園祭以降休んでしまったことを謝りたかった。それに、体調は大丈夫かどうかも聞きたかった。ケイレブくんはすぐに無茶をするから。


「……カナタくん」

「はい?」

「いろいろな人に言い回りましたか?」

「いやいや! そないなことしません! 先生と特に仲良かった人らに言うただけです!」


 わたしもカナタくんがそんなことをするような人だとは思っていないが、一応確認させてもらった。先生方にはすでに退職することを伝えたが、生徒には年度末に行われる全校集会で報告してもらうことになっている。担任からそれぞれ言ってもらってもいいが、混乱を避けるために年度末にということになった。だから、もし今知ってしまったら余計に不安や心配をかけてしまうことになるだろう。

 実際、イーゴンくんやケイレブくんは、居ても立っても居られないという感じだった。


「それならよかったです。みなさんも、正式に先生方から教えられるまで、他の人には黙っていてもらえますか?」


 それぞれから肯定の返事をもらえて一安心する。ケイレブくんが少し気掛かりだけれど。

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