第53話 冬来りなば春遠からじ 前編

 寒い季節はずっと休養だった。その間にもイーゴンくんを筆頭に生徒たちがわたしの家に訪れては、いろいろなお話をしてくれた。冬の学園行事は参加できなかったから来年度は参加できるといいな、と思っていた。

 温かさが少し顔を覗かせた頃、休み始めてから何度目かの検査をした。職員や理事長の表情が明るくならないのを見るに、まだ魔力は戻っていないのだろう。いつも通りに理事長から検査結果を聞いて、もう少し休養を続けよう、そう言われると思ったら、理事長は違う言葉を続けた。


「……魔力が戻る兆候はある。じゃが、以前のように無尽蔵に生み出されるところまでは回復せんじゃろう」

「そう、ですね……」

「グレース先生がまだ戻す努力をしたいというなら、わしらはもちろん協力する。じゃが……わしはそろそろやめてもいいと思うんじゃ」


 そう言って理事長は物悲しそうに笑った。


「検査の度に、グレース先生の残念そうな顔を見るのは、なかなか辛くてのぅ……一番辛いのは、グレース先生じゃというのに」


 理事長は小さく「すまんのぅ」と続けた。

 たしかに辛かった。毎回少量しか回復していなくて、まただめだったかと落ち込んで。諦めないでいればきっといつかは戻ると信じて、冬の日々を送ってきた。どんなことをしても、どれだけ時間がかかっても魔力を戻したい。供給がわたしの存在意義だから。そう思って、それを支えにして頑張ってきた。理事長にもう戻らない、無理かもしれないと突きつけられたけど、不思議と心は後ろ向きにならなかった。


「……あの」

「ん? なんじゃ?」

「わたしも難しいことだと覚悟はしていたので、回復を望むのは諦めてもいいんです。ですが、ひとつだけ我が儘を聞いていただいてもいいですか?」

「そうか……。うむ、わしにできることじゃったらなんでも言ってくれ!」

「えっと……」


 理事長に希望を伝えると少し驚いた後、「そうか……寂しくなるのぅ」と眉尻を下げながら言った。

 最後まで甘えさせてくれた理事長に何度もお礼を言って、学園を出て帰路についた。


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「職員室、久しぶりだなぁ……」


 およそ4か月ぶりに用事があって出勤した。緊張を胸に職員室の中に入ると、室内がざわつく。たくさんの先生方から「お久しぶりですね!」や「戻ってこられたんですね!」と言われて、少し申し訳なくなり苦笑いをしてしまう。


「……グレース、先生……」

「ルカ先生! お久しぶりです」

「……よかった、です……」

「あ……えっと、その……」

「朝礼始めます!」


 今週の当番の先生の掛け声でそれぞれの席へと戻る。

 必要事項を伝えられた後、理事長からも報告があるということで話し手は理事長に移る。それと同時に、その場にわたしも呼ばれ先生方の前に出る。


「グレース先生じゃが……」


 告げられた知らせに再度職員室内が騒がしくなる。理事長に促されてわたしも挨拶をして、その日の朝礼は終わった。

 今日は一日自由にしていいと理事長に言われたので、学園内のいろいろなところを見て回ろうと思って職員室から出るとそこにはルカ先生がいた。


「……グレース、先生……」

「……すみません、先にお伝えできていたらよかったんですけど……ルカ先生には特にお世話になったので……」

「……いえ、寂しく、なります、ね……」

「たまにルカ先生の魔法、見に来てもいいですか?」

「……もちろん、です……」


 ルカ先生は目で見て分かるほどに頬を緩ませていた。感情表現が苦手な人という最初の印象はまったくなくなるほどの柔らかい笑顔だった。

 授業があるルカ先生とはお別れして、改めて学園内を見て回る。どこから行こうかな。


「そうだ、学園祭で行った……」


 ケイレブくんがショーを行った実技棟。もう授業が始まっているのか、大きな物音がするので少し覗いてみる。さまざまな属性の魔法が飛び交っていた。

 イーゴンくんが劇を演じた講堂。重く分厚い扉を開くと、学園祭の時とは打って変わって静かで厳かな雰囲気だった。

 ヒューゴくんのお化け屋敷は、特殊な授業を行う時に使う通常教室よりも大きな教室で行われた。ここも授業中だったから邪魔をしないように廊下を通り過ぎた。

 レオくんとカナタくんが執事カフェを開いたのは通常教室だから、行くのは憚られたので他の場所に行こうと歩いていたら、ざわざわと生徒たちの声が聞こえる。最初の授業が終わったのだろうか。


「あれ、先生じゃん! 戻ってきたの?」

「……いえ、理事長といろいろとお話を」

「ふぅん、早く戻ってほしいなぁ」


 休み時間になった生徒たちとすれ違って話し掛けられたけど、返答に困って笑って誤魔化すことしかできなかった。


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 思い出があちらこちらに散らばっていたから、見て回るだけで放課後目前になってしまった。何か月も前のことなのに、学園祭で回ったのがつい昨日のことのように思い出せた。


「最後は、やっぱりここ、だよね」


 学園の端っこに設置された、わたしと生徒を繋げるための小さな教室。

 職員室から供給室の鍵を持ってきて、久しぶりに開ける。つんと鼻をつくにおい。だけど、嫌じゃない、懐かしいにおい。


「ここから、わたしの教師生活は始まったんだよね……」


 ずっと使っていた机を撫でて感慨にふけっていると、供給室のドアが勢いよく開く音が響き渡る。このドアの開き方には覚えがあった。目を向けるとそこにはやはりケイレブくんがいた。


「ケイ――」

「っなん、で……!」


 急いでここに来たのだろう。息を切らしてそれだけ言った。

 目を見開いて眉尻を下げる彼を見て、ああ、誰かから聞いてしまったのだろうと察する。これだけ情報が早いとなると……。

 そう考えていると、ドアが再度開いてカナタくんとレオくん、それにヒューゴくんもいた。

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