第51話 いきなり二人きりはハードです
レオくんとは言葉を交わさないまま時間が経っていった。カナタくんと他愛ない会話をしているが、隣のレオくんが気になって何度も聞き返してしまう。そんなわたしに業を煮やしたのか、カナタくんが「せや!」といきなり立ち上がる。
「ど、どうしましたか?」
「二人きりの方が話しやすいんとちゃいます?」
「え?」
「っちゅうことで、おれ、帰りますね!」
「え、……え!?」
カナタくんはそう言って鞄を持ってなんの躊躇もせず帰っていった。
家に残されたわたし――とおそらくレオくんも――は、カナタくんの突拍子もない行動に唖然としてしまった。彼らしいと言えば彼らしいが、今は二人きりにしてほしくなかった。あんなことがあって気まずい。うまく話せる自信はない。けれど、それだけではなくて、嬉しい気持ちもあった。ゆっくりと話せる時間がやっと取れた。
「レ、レオくん……」
「……っ俺も、帰ります」
ちょうど話し掛けたところで、レオくんは立ち上がりドアの方へと向かった。まだ、話していない、伝えていないことが、あるのに。
「ま、待ってください!」
「!」
咄嗟に彼の裾を掴む。見ていないけど、驚いているのが息遣いから分かる。
「……お話、しませんか? わたし、話したいこと、たくさんあって……」
断られるかもしれない。だってレオくんは多分あの時のことを忘れたいんだから。顔を上げるのが怖くて、上目遣いで様子を窺う。彼の瞳は泳いだ末に、わたしの姿を見つけた。ほんの数秒の逡巡だったと思う。けれど、とても長い時間のようにも感じられた。
ハァと小さいため息が頭上から聞こえたと思ったら、レオくんは椅子に戻って座り直した。強引だったから、ため息を吐かれたのかな……。いや、そうに違いない。こんな実力行使に出てしまったのを反省しないと。でも、それは後で、今はレオくんとしっかりお話しよう。
「……」
「……」
話したい、そう思ったのに。また沈黙が流れてしまう。
話したいのは本当。伝えたいことがあるのも本当。でも、何から話せばいいのか迷ってしまって、頭の中を整理するのでいっぱいいっぱいだった。
そんな静寂の中、それを破ったのはレオくんだった。
「……この間」
「は、はいっ」
「あんなことして、すみませんでした。襲う、みたいなこと……それに……」
「そんなっ! 謝るようなことでは……」
「、でもっ!」
レオくんは力強くわたしの言葉を遮る。それと同時に、さっきまで下を向いていた目がわたしを捉える。何か決意のようなものが感じられて少しどきりとする。
「……したことは悪いことだと分かっています。でも、先生のこと、本当に――」
「ちょ、ちょっと待ってください!」
その先の言葉は聞きたくなかった。いや、正確には聞いてどういう対応をすればいいか分からないから、まだ、聞きたくない、だ。でも、それはレオくんに曲解して通じていたようで。
「……やっぱり、俺なんかの話、聞きたくないですよね! あーあ、俺、何やってんだか……」
頭をガシガシとかいて俯くレオくん。そうじゃない。そうじゃなくて……。
「……あの」
「もう……いいです!」
「え?」
「……俺なんかより、あの軍人の方がいいですもんね」
「? ……どうして今、オリバーさんが出てくるんですか?」
レオくんはわたしの顔を一度見て、また黙ってしまった。レオくんが今、何を思っているのか分からない。それがもどかしい。
彼がわたしのことをどう思っているのかはなんとなく察している。けれど、わたしは先生で彼は生徒だから、そういう関係になることには躊躇いがある。……本当は、誰かと付き合ったことも、誰かを好きになったこともないから、未知のことで怖いだけなのかもしれない。レオくんにすべてをさらけ出すような覚悟も自信もないし、彼を困らせるかもしれないことはしたくない。
「……レオくん」
「……はい」
「少し、思い出話をしてもいいですか?」
「……軍人とのですか」
「いえ、わたしが学園に来た時の話です」
そう言いながら笑いかけると、レオくんは小さく「いいですよ」と呟いた。
どこから話そうかな。
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