第50話 会いたい、会いたくない

 休養を始めてからおよそ1か月が経った。

 経過を確認したいということで検査のために、学園へと向かった。たった1か月しか経っていないのに、校舎がとても懐かしく感じた。理事長が気を利かせて生徒がいない休日に検査を行ってくれた。


「わざわざ来てもらってすまんのぅ」

「いえ! こちらこそ、休日にすみません……」

「職員はそれぞれのシフトで働いとるから、気にせんでいい」


 理事長はにっこりと笑ってわたしを検査室に促した。魔力、戻っていたらいいなぁ。


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「……そうか、分かった」


 職員から検査の結果を聞いた理事長が小さく返す。表情からしてあまりよくなってなさそうだ。


「グレース先生」

「……はい」

「結果じゃが……、ほんのわずかじゃが、魔力が戻っておるようじゃ」

「へっ!? 本当ですか!?」


 予想外の言葉に思わずすごい剣幕で理事長に詰め寄ってしまった。慌てて定位置に戻ると、理事長はコホンとひとつ咳払いをして続けた。


「グレース先生の魔力の器を大きめのボウルと仮定すると、今回戻ったのはおよそティースプーンの先くらいの量じゃ」

「ティースプーンの先……」


 ほんの数滴程度しか戻っていないってこと……? 1か月も休んだのに?

 以前のように戻るまでどれくらいの果てしない時間が必要なのだろうか。不安な眼差しで理事長の方を見る。


「……回復する兆候は見えた。じゃから、もう少し休んで様子を見よう。構わんか?」

「……はい……」


 そう返事をするしかなかった。今、学園に戻ったところでなんの役にも立たないから。


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 検査から数日が経った。この1か月、休養とは名ばかりでいろいろな家事をしたから魔力があまり戻らなかったのかもと思い、数日は食事を用意するだけで他のことは何もしなかった。

 そのせいで、時間はいつもの倍以上あるように感じた。ヒューゴくんが差し入れてくれた文献や書物、それにあとで読もうと置いておいた雑誌などを読んで過ごしたけど、それでも時間は余った。

 そんな時は決まって悪い未来ばかりが脳内を占めていった。このまま魔力が以前のように戻らなかったらどうしよう。魔力不足で自分が死ぬだけならまだいい。魔力があるけど少量しかないせいで誰にも供給できない、という状況になるのだけは嫌だった。魔力があると分かる前のような決まったことだけを毎日繰り返す、生きた屍のような生活には戻りたくなかった。


「はぁ……」


 小さなため息をひとつ吐いたちょうどその時、玄関のドアを叩く音が響く。今日は誰だろう。イーゴンくんなら、あまりお菓子がないなぁ。ちらりとお菓子のカゴを見てからドアを開けると、そこには予想外の人物が立っていた。


「先生、元気しとりますか? っと、急に来てすんません」

「カナタくん! いえ、構いませ――っ」


 カナタくんの背中で動く影が見えたのでそちらを注視すると、隠れるようにレオくんがいた。


「え、あ、えっと……あの」

「なんや、レオがお見舞い行きたそうにしとったけど、行かれへん感じやったから、無理矢理連れてきましてん!」

「そ、そうなんですか……えっと、あがりますか?」

「いいですか? お邪魔しまぁす。邪魔するんやったら帰ってーってな」


 ケラケラと笑いながら家にあがるカナタくんに対し、レオくんは一切こちらを見ようとせず動こうとしなかった。むしろ帰ろうとするのをカナタくんが引っ張って家の中に入れていた。レオくんは困ったように椅子に座った。あの時からのレオくんを考えると、なりふり構わず帰ってしまうと思ったから、留まってくれてよかった。お茶とお菓子を二人に出す。明日辺りにお菓子の買い出しをしに行こう。


「……先生の家、そっけない言うかあっさり言うか、女性の家感がないなぁ」

「そうですか……? 女性の家感、があまり分かりませんが、ここ数日はあまり掃除していなかったので、少し散らかっているかもしれませんね」


 カナタくんはそれから会話を途切れさせることなく話し続けた。その間、ずっとレオくんは黙ったままだった。

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