第49話 賢者の訪れ
それからイーゴンくんは時間があれば何度か家を訪れてくれた。
学園であったことを話してくれたり、美味しかったお菓子をお土産に持ってきてくれたり。イーゴンくんは必ずわたしを抱き締めてから帰って行った。抱き締める度に少し悲しい笑顔を浮かべた。どうしてだろうと有り余る時間を使って考えてみたけど、答えは出なかった。彼に直接聞いたらきっと答えてくれるだろうけど、聞くことはしなかった。そうしてほしそうだった、から。
コンコンッ
「ふふ、今日も来てくれた……ってヒューゴくんと理事長!?」
「グレース先生、こんにちは」
「ほっほっ、元気かの?」
玄関のドアを叩く音が聞こえたので、またイーゴンくんが来てくれたんだと思いながらドアを開けると、そこにはヒューゴくんと理事長がいた。予想外の人物の登場に呆然としていると、理事長に心配そうに顔を覗き込まれる。
「っす、すみません、びっくりしてしまって……」
「いきなり訪ねたら迷惑じゃったかのぅ……」
「いえ、そんなことは! どうぞ、あがってください!」
二人を部屋の中に案内しながら、何かお茶請けにできるようなお菓子があったかどうかを思い出す。ここ最近はイーゴンくんが来ていたから、この間買った焼き菓子はほとんど彼に出してしまったし……。うんうんと唸っていると、理事長が紙袋を差し出してきた。
「手土産、渡してもいいかの? おいしそうな菓子店を開拓しておってな」
「! ありがとうございます! 今、お出ししてもいいですか……?」
「もちろんじゃ! わしも食べたくて持ってきたからの」
笑顔でそう言う理事長にホッと胸をなでおろした。よかった。見たことがない紙袋だから、理事長の言葉通り新しい店舗なのだろう。お茶請け不足の問題が解決したことと未知のお菓子が味わえる期待感とで胸がいっぱいになったまま、キッチンへと向かった。
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「ヒューゴくんもお茶でよかったですか?」
「はい、ありがとうございます」
二人の前にお茶とお菓子を出して、わたしも椅子に座る。イーゴンくんの時もそうだったけど、家に生徒や学園の人がいるのはどこか不思議な感覚だ。
「突然の訪問ですみません」
「いえいえ! 理事長も一緒だったのは驚きましたけど……」
「ほっほっ、セルヴァン君が先生の住所を聞きに来てな。どうせじゃから、わしも行こうかと思ってな。あの日から顔を見てなかったからの」
長い顎髭を撫でながら理事長は言う。精密検査をした日に次の検査は1か月後くらいにと言われていたから、たしかに理事長とは会っていなかった。そのためだけにわざわざ来てくれたのだろうか。理事長はいつもわたしに甘い気がする。そちらに視線を向けると、にこにことした笑顔だったので、わたしもその甘さに身を委ねてもいいような気もした。
「先生、僕もお土産あるんですよ」
「そうなんですか! じゃあ、そちらもお出しして……」
「いえ、僕のはこれです」
ヒューゴくんはそう言って、テーブルの上に重量感のある袋を乗せる。何が入っているんだろう。怪訝そうな表情で見ていたのが分かったのか、彼は嬉しそうな顔をして眼鏡を押し上げる。
「休養と聞いたのでお時間がたくさんあると思い、面白そうな文献や本をたくさん持ってきました」
「来る時、重そうにしておると思ったが、それだったのか」
「はい。選定したつもりですが、先生にお見せしたいものが多かったのでこの量になりました。これなんかは特に面白くて……」
袋の中から一冊の書物を取り出したと思ったら、いつものヒューゴくん節が炸裂してあっという間に時間は過ぎていった。
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空が暗くなり始めたのが窓からの景色で見てとれる。二人もそれに気が付いたのか、帰る準備をし始めた。その時、理事長が思い出したかのように口を開いた。
「そうじゃ、忘れとった」
「忘れ物ですか?」
「まあそんなところじゃ。少しだけ、手を握ってくれんかの?」
「……? はい」
言われた通りに理事長の手を握る。握手のような形になってるけど、これで合っているのだろうか。どうしてこんなことをしているのか、分からないまま従っていたが、理事長が小さく呟いた言葉で、行動の意味を理解する。
「……ふむ、あまり戻っとらんか……」
「っ! 魔力、ですか……?」
理事長は手を握ることで、わたしの魔力が回復しているかどうかを確認したらしい。
1か月も休んでいないから、戻っていなくても当たり前かもしれない。そもそも休養することで戻るかも分かっていない。けれど、理事長のその言葉に肩を落とす。
「なぁに、焦ることはないぞ。まだまだ時間はたっぷりあるからの。ほっほっ」
理事長は軽快に笑ってヒューゴくんと共に帰っていった。
わたしがあまり気にしないように、軽い口調で言ってくれたのだろう。理事長の言う通り、焦ったところで魔力が元に戻るわけではない。時間はたっぷりある。けれど、それはわたしにとっては、だ。ヒューゴくんは3年生だからもう少しで卒業だ。たくさんの時間がかかったら、3年生どころか1,2年生とも会わないままになるかもしれない。少しでも長く、少しでも多くの生徒に魔力を供給したいのに。
いきなり生まれて、いきなりなくなる。なんて身勝手な性質の魔力なのだろうか。
「……何をすれば、戻ってくれるの……?」
その問いかけはむなしく宙を彷徨うだけだった。
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