第48話 かわいらしい来訪者

 ――翌日。


「今日は何をしようかな……」


 もう思いつく限りの家事をしてしまって、いよいよやることがなくなってしまった。普段なら作ることのないようなご飯でも作ろうかな。以前、買った雑誌にレシピがいくらかあったはずだから、それでも参考にしよう。


「……これで、いいのかな……」


 ずっと忙しかったから、休めと言われても何もしない状態になれなかった。無理矢理に何かやることを見つけている今の状況は休養と呼べるのだろうか。それに、何かしている方が気が紛れたから。


「あ、これおいしそう」


 雑誌をペラペラと捲っていると、鮮やかな料理写真が目に留まる。これでも作ろうかな。レシピを見ながら足りない材料を紙に書き出していく。夜に食べるつもりだけど、することもないから買い物に行こう。


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「、しょっと……」


 買ってきた食品をテーブルの上に置く。


「買い過ぎちゃった……」


 作ろうと思っている料理に足りないものだけでなく、ついでにあれもこれもと放り込んでいたら持って帰れるギリギリの量になっていた。店員さんにも心配そうな顔で見られてしまった。

 時計に目を遣ると、昼はとっくに過ぎていた。レシピを見る限り結構時間がかかりそうだけど、夕方前くらいから作り始めればちょうどいいだろうか。今日使う分はキッチンに置いておいて、残りは保管庫にしまう。

 食品を片付けていると、玄関のドアを叩く音が聞こえた。来客の予定は当たり前にないし、なにか荷物や手紙だろうか。

 そう思いながらドアを開けるとそこにはイーゴンくんがいた。


「イーゴンくん!?」

「せーんせっ! 来ちゃった!」

「どうしてここが……」

「理事長に聞いたの! 先生が学園にいなくて寂しいから、おしゃべりしに行きたいってお願いしちゃった」


 そう言ってイーゴンくんは無邪気に笑う。いきなりの来訪に驚いたものの、数日ぶりに生徒に会えた嬉しさもあったので、戸惑いながらも彼を家にあげた。


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「わぁ! 先生のお家、こんな感じなんだぁ!」

「あ、あまり、人に見せるようにしてないので、じっくりと見ないでいただけるとありがたいです……」

「えー? 綺麗だよ?」

「それは……ここ数日することがなくて、掃除していたので……」

「そっかぁ」


 イーゴンくんに「どうぞ」と椅子に座るように促す。何か飲み物を……。ああ、彼は甘いものが好きだからココアにしよう。


「あ、そういえば……」

「? どうかした、先生」

「昨日、頂いたのがあって……」


 お菓子をまとめて入れてあるカゴを探る。まさかイーゴンくんが来ると思っていなかったので、少し奥に入れてしまったはず。


「あ、あった」

「あー! ぼくが好きなやつだぁ!」

「ふふ、記憶が正しくてよかったです。ココアもすぐに用意しますね」


 ふと、イーゴンくんお気に入りのお菓子もココアも甘くて大丈夫だろうかと不安になりながら出したが、満面の笑みでそれらに釘付けだったので喜んでくれたようだ。お菓子に舌鼓を打っているイーゴンくんを見ていると、こちらも幸せな気持ちになる。

 しばし、他愛ない会話をしていたが、イーゴンくんに言わなければいけないことがあるのを思い出す。


「そういえば、イーゴンくん、わたしが倒れた時に助けてくれたんですよね。理事長から聞きました」

「助けたって言うほどのことはしてないよ。あの時、理事長散歩しててよかった!」

「イーゴンくんが供給室に来てくれなければ、誰も気付かないままだったので……本当にありがとうございました」


 椅子に座ったまま頭を下げてお礼を述べる。倒れた時すでに魔力が減っていたなら、イーゴンくんが訪れなければ、もしかしたら今は昏睡状態になっていたかもしれない。魔力の減少によって死に至って事例はまだ確認されていないが、そもそも女性で魔力がある人物も確認されていないから、どのような結果になってもおかしくない。もう一度、お礼を言うとイーゴンくんは小さく呟いた。


「……先生が、無事でよかった……」

「え?」

「ううん! 先生とまたあの供給室でおしゃべりしたいなぁって」

「ふふ、そうですね」


 学園であったいろいろなことを思い出してはイーゴンくんと語り合った。


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 窓からの陽射しが柔らかくなってきたことで、日が落ちてきたことが分かった。そろそろイーゴンくんは帰宅しないと帰路の途中で真っ暗になってしまう。


「……もういい時間、ですね」

「ほんとだ……もっと先生とおしゃべりしたいのに!」

「またいらしてください。わたしもひとりだと暇なので」


 どのくらいの期間休むことになるかは分からないが、魔力が戻らない限り学園に行くことはできない。長期戦になりそうだから、話相手がいるのはわたしとしても嬉しい。そう告げると、イーゴンくんは笑顔で抱き着いてきた。その瞬間、辺りが少しぱあっと明るくなる。なんだろう。照明、ではないはず。


「先生、大好き! ……また、来るね」

「? はい、ぜひ!」


 わたしから離れてイーゴンくんはニコッと笑った。どこか悲しさを含んでいたように見えたの気のせいだろうか。

 鞄を持ち手を振りながら帰っていくイーゴンくんに、わたしも手を振り返す。

 休養に入ってから初めて楽しい日だった。心の底からそう思える。


「さて、ご飯作ろう!」


 朝に見ていたレシピを手にキッチンへと向かった。凝ったものだから上手にできるといいなぁ。

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