第45話 突然の出来事

 学園祭が終わって数日が経ったけど、いまだに気分が高揚している。供給に訪れた生徒に「先生、上機嫌だね」とか言われる始末である。また、学園中に後夜祭で水泡が弾けなかったことが知れ渡っているようで、多くの生徒からすごいとか、どうしてとかたくさん投げ掛けられた。いつもよりも生徒との会話が弾んだ気がした。そのせいか、放課後の供給に少し時間がかかってしまった。


「ふぅ……」


 放課後すぐの混雑が解消され一息つく。

 学園祭、本当に楽しかったなぁ……。あんな楽しい2日間をこれからは毎年堪能できるんだ。なんて幸せなのだろうか。

 来年はどんな出し物があるのだろう。それを考えるだけでも心が躍る。


「ふふ……。あ、そうだ」


 たしか、ガーゼのストックが切れていたはず。生徒のいないうちに補充しておこう。収納されている棚に向かおうと立ち上がった瞬間、頭がくらりとする。


「あ、れ……」


 目の前の景色が一面床になった。わたし、倒れて……?

 立ち上がろうとするが、力が抜けているせいか立つことはできなかった。それどころか、意識も遠くなっていっている気がする。

 ちょうどその時、供給室のドアが開く音がした。


「先生!? 大丈夫!? だ、誰か、呼ばなきゃ……!」


 この声は……イーゴンくん、ですか? どうして、そんなに慌てて……。

 バタバタというイーゴンくんの足音を聞いたのを最後に、意識を手放した。


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「、ん……?」


 目が覚めると知らない天井が視界に入った。鼻に掠める特徴的なにおいで場所の検討がつく。供給室のにおいと同じ、消毒のかおり。ここは病院だろう。どうしてこんなところに……。気怠い身体を無理矢理起こすと、驚いた声音で名前を呼ばれる。


「ベネットさん!? 気付かれたんですか!? 今、呼んできますので、寝たままでいてください!」


 そう言って女性、おそらく看護師が走って部屋を出て行った。

 気付かれた……? わたし、なにしてたんだっけ……。

 たしか、学園で供給していて、それで、イーゴンくんの声が聞こえて……。

 順を追って思い出していると、病室の扉が開いて先ほどの看護師と医師と思われる男性と、理事長が入ってきた。


「りじ、ちょう……?」

「ベネットさん、無理に起き上がらないでください」

「はい……」


 医師に釘を刺されるように言われ、萎縮しながら寝直す。そのまま医師からここにいる経緯を説明された。勤務中に供給室で倒れて意識を失って病院に運ばれたらしい。理事長は供給の仕事をしていること、ついこの間戦場に赴いたことなどを医師に話していたみたいで、おそらく過労が原因で倒れたのだろうと告げられた。


「過労……」

「今日はこのまま入院で、明日また診察して退院できるようでしたら退院になります」

「そうですか……」


 医師は必要事項だけ伝えて看護師と共に病室から出て行った。病室の窓から見える景色は真っ暗だった。どれくらい気を失っていたんだろう。


「グレースさん、気分は……よくないわな……」

「……そうですね、はは……」

「……たまたま校内を歩いとってな。わしを見つけて顔面蒼白で大慌てのワルデン君には、びっくりしたものじゃ」

「ああ、やっぱり、イーゴンくん来てたんですね」

「ワルデン君に着いて行って、グレースさんが倒れとって、さらにびっくりじゃ。老いぼれじゃから、心臓に悪いことはやめてほしいのぅ、ほっほっ」

「アイザックさん……」


 理事長は大きな手でわたしの頭をゆっくりと優しく撫でる。心配、それに迷惑もかけてしまった。イーゴンくんにも。あとでお礼を言っておかないと。


「……気付かんですまんのぅ……酷使させてしもうて、申し訳ない」

「そんな! 体調管理できてなかったのはわたしの方ですから……!」

「一応、学園の方で精密検査をしたいと思っておるのじゃが、構わんかの? もちろん、体調が完全に戻ってからじゃ」

「はい、もちろん!」


 再度優しくわたしを撫でて、もう一度「すまんのぅ」と呟いて理事長は帰っていった。

 理事長は何も悪くない。むしろ、勝手に倒れたわたしの方が悪いのに。

 明日退院できたとしても、学園に行くのは難しそうだ。もちろん、供給もできない。


「なに、やってるんだろ……」


 理事長やイーゴンくん、それに病院にも迷惑をかけてしまった。倒れたくて倒れたわけではないけど、自分が嫌になる。でも、今ここで自己嫌悪に陥ったところで、何か状況が変わるわけではない。


「……よしっ」


 意識を失っていたからそれほど眠くはないけど、たくさん寝て体調を元に戻すことに専念しよう。早く元気になる。それが今のわたしにできる唯一のことだから。

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