第44話 後夜祭
楽しかった学園祭が終わり、少し寂しい気持ちを抱えながら職員室に行く。途中、ルカ先生と会ったので、一緒に向かった。
「……楽しかった、ですか……?」
「! はい、とても!」
「……それは、よかった……」
表情はほとんど変わらなかったけど、纏う雰囲気がほんのりと柔らかくなった気がした。わたしのせいで仕事が増えたかもしれないのに、こんなふうに言ってもらえるのは感謝しかない。ルカ先生だけでなく、他の先生方やもちろん理事長にも。来年は仕事をきちんとしたうえで、学園祭を今年同様思いっきり楽しみたい。
続々と職員室に先生方が戻ってきて、連絡事項を伝えられたと思ったら、続く言葉に思考がフリーズする。
「では、後夜祭もよろしくお願いします。安全には徹底的に注意してください」
後夜祭……? また聞いたことのない単語が……。
頭に疑問符を浮かべているのが傍から見ても分かったのか、隣の席の先生が後夜祭とやらについて教えてくれた。
学園祭終了後の夜に行われる締めくくりの行事だという。学園祭は生徒や職員以外の人も参加できたが、この後夜祭は学園の関係者のみで行われるらしい。校庭の真ん中に火魔法で大きな炎を作りそれを囲んで、学園祭が無事に成功し終わったことを労うんだとか。
「例年通りなら、理事長の魔法も見られますよ」
「理事長が?」
「はい、とても綺麗な光景ですから期待していてください」
にっこりと笑いながら先生はそう言った。
言われてみれば、理事長の魔法は見たことがない。というか大魔法師の魔法が見られることなんて滅多にない。世界大戦でも勃発してこの大国・アルキュサスが危険に陥った時くらいでないと見られない気がする。そんな貴重な体験をこの学園の生徒、つまりこの国の男性のほとんどは毎年しているのか。羨ましく思うと同時に、これからは自分もそれを体験できることが嬉しくも思う。まだ楽しい時間は終わらない。
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――夜。
「わぁ……!」
暗闇の中、火魔法のランプで照らしながら、大きな炎を作っていく。煌々とした火柱が立つと、校庭が一気に明るくなる。
「せんせー!」
わたしを見つけたらしいイーゴンくんがこちらに駆け寄ってくる。彼の男子にしては高めの声は賑やかな場所でもよく聞こえたようで、声に気付いたヒューゴくんとカナタくんも集まってきた。カナタくんはレオくんを連れて。
「みなさん、お疲れ様でした!」
「先生もお疲れ様です。お化け屋敷では良い悲鳴をありがとうございました」
「あはは……」
眼鏡を指で押し上げながら嬉しそうに言うヒューゴくんについ苦笑いをしてしまう。あんな失態、もう見せないようにしようと心に誓った。
「そういえば、先生は理事長の魔法、初めてやんな?」
「はい。とても綺麗と聞いたので、楽しみに……」
その言葉を遮るように大きな歓声があがる。周りを見ると、数多の水泡が宙に浮かんでいた。そうだ、理事長は水属性だった。すごい綺麗……。大きな炎の光が水泡に反射してキラキラと光り輝く。まるで星がすぐそこにあるかのようだった。
「……毎年、この魔法なんですよね。理事長が言い伝えのために変えないって仰ってました」
「言い伝え、ですか?」
「はい。この水泡、魔力がある人間が触るとすぐ弾けてしまうんです。でも、極まれに弾けないで形を数秒保てる場合があって、そうなると一番望んでいる願いが叶う、という言い伝えです」
「へー……」
たしかに生徒の悔しそうな声があちらこちらから聞こえてくる。よっぽどこの言い伝えが浸透しているのだろう。
「そうは言うても、おれらはみぃーんな弾けるからほぼ奇跡ですわ。過去にあった例も、魔力が極端に少ないやつだけやったし」
「そうなんですか……」
「あー! ぼく今年もだめだったー! 先生もやって!」
「はい……えっと……っ!」
ふよふよと漂っている水泡に手を伸ばし指先で触れてみる。途端に弾けると思い身構えていたが、その手が濡れたのは1分ほど経ってからだった。四人だけでなく多くの生徒が見ていたようで、どよめきが起こる。
「先生、すごーい! なんでー!?」
「男性でないから……? いや、奇跡が起きただけ……? 先生、今度実験しましょう!」
「実験、ですか……」
「……先生に――」
ざわついている中で、レオくんが小さくわたしを呼んだような……。気のせいだろうか、と彼の方を見ると、手前にいたカナタくんと目が合う。
「ほんで? 先生の願いはなんです?」
「願いですか? そうですね……みなさんとこれからも一緒にいられますように、ですかね?」
「それが一番です? ……はは、先生らしいなぁ」
イーゴンくんにヒューゴくん、カナタくんに……レオくん。今はここにいないけどもちろんケイレブくんも。理事長やルカ先生、同僚の先生方、たくさんの生徒も。ずっと……は卒業や退任があって無理かもしれないけれど。
これからもこの学園で魔力を供給して、みんなの役に立っていきたい。
そう星が瞬くきれいな夜空に願った。
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