第43.5話 好きだから、怖い

 なんであんなことをしてしまったのだろう。


 ――俺は先生が……っ


 違う、あんな……言うつもりはなかった。言ってはないけど、先生は察しただろう。それにキスだって……。

 先生が生徒に供給するのは百歩譲って許せた。それが先生の仕事だから。先生のことを気にいる生徒がいるのもまあまだいいかと思えた。先生を分かっている生徒が増えるのは喜ばしいことでもあったから。でも、あの軍人だけは許せなかった。

 どうして? キスをしていた時に先生が慌てていたように見えたから。それは先生も相手を意識してないと起きない行動だったから。

 だから、俺は……。


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 学園祭一日目。事前にカナタから「グレース先生が来てくれる言うとったで」と聞いていたから、とても緊張した。どんな顔で会えばいいのか分からなかった。自分のシフト中、ずっと先生のことだけを考えていた。会いたくない。だけど……会いたい。

 でも、先生は来なかった。もしかしたら、先生も俺のことを避けているのかもしれない。当たり前だ。無理矢理キスするようなやつと顔を合わせたくないだろう。俺だったら、極力会わないようにする。つまり、そういうことだ。


「レオー? どこから行くー?」

「……カナタの好きなところでいいよ……」

「なんや、元気ないなぁ。あないに女の子たちにキャーキャー言われとったのに」

「そうだっけ?」

「クラスのやつらが恨めしそうにレオのこと見とったで? 我関せずとはあいつらも可哀想なもんや」


 カナタはくっくっと喉を鳴らして笑う。たしかに教室内は騒がしかったけど、それは今いる廊下でも同じことで。話し掛けてくれたお客さんもいたかもしれない。無視した形になっていたら、申し訳ないことをしてしまった。


「……グレース先生のこと?」

「っ!」

「やっとこっち見たなぁ。先生もこないだ様子が変やったし、なんかあったん?」

「、いや、別に……」

「……まー、言いたくないならそれでええんやけど」


 いくら初等部からの付き合いで家族のような関係性だとしても言えなかった。いや、正直、カナタは全部分かっていて聞いている気がする。今までもそうだった。いつだって把握したうえで、踏み込んでこようとはしない、そんな飄々としたやつ。だから、カナタの隣は居心地がよかった。


「……助かる」

「ほな、まずは屋台から行こかー! これうまそうやなってずっと目付けとってん!」


 楽しそうに屋台へと向かうカナタを追いかけた。


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 学園祭二日目。今日は午前にシフトが入っていなかったけど、学園内を見て回る気分ではなかったから、屋台で適当にいくらかつまめるものを買って休憩室に籠っていた。


「……そろそろか」


 時間に間に合うように移動していると、後ろから声を掛けられた。この声はカナタか。そう思って振り向くと、カナタの傍ら――というよりは後ろに隠れていたが――にグレース先生がいた。なんでカナタと一緒に……。


「先生来てくれたでー」

「……は?」


 どうして? 昨日、俺がいない時に訪れたはずじゃ……。

 この状況に戸惑いながら、カナタを間に挟んで教室に向かった。

 教室に入る前に先生を見る。本物、だよな……。カナタと話していたわけだし。なら、なんで俺がいる時に……。そんなことを考えていたら、先生もこちらを見て視線が交わる。しまった。そう思った時には、もう先生の視線は外れていた。……逸らされた。しかたないか。それだけのことをしたから。胸の痛みに目を背け教室に入って支度をした。


「ほら、レオもはよ来いって」

「ちょっ!」


 着替えていろいろと確認をしていたら、カナタが腕を引っ張ってきて廊下に出させられる。そこには、先生がいるんだから……!


「……よく似合ってますよ」


 ……俺はなんて単純なんだろう。先生が俺のことをなんとも思っていなかったとしても、その言葉はとても嬉しかった。あんなことをしたのに、どうしてこんなに優しいのだろう。


 カフェにいる間の先生は、見事に挙動不審という言葉を体現していた。明らかに俺を意識したものだった。これ以上先生に負担をかけたくなかったから、接客中は必要以上に接しないようにした。視線も合わないように。先生は何か話したそうだったけど、それも遮った。……本当は、拒否されるのが怖かっただけかもしれない。

 先生とこんなにぎこちない関係になるなら、あんなことをしなければよかったと思う反面、こういう行動を取るのは自分に対してだけだと思うと、少し嬉しさもある。


 ……どうかしている。自分だけが知っている先生が欲しい、なんて。

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