第43話 おかえりなさいませ、お嬢様 後編

 カナタくんに席に案内され、メニューの中から軽食と飲み物を注文する。この後もカナタくんが教えてくれた屋台などを回る予定だから、あまりお腹を膨らませないように軽食を選んだ。

 注文をとってくれたのがカナタくんでよかった。レオくんだったら、絶対にどぎまぎしていただろう。ホッとしたのも束の間、品物を運んできたのはレオくんだった。


「あ……」

「……どうぞ、ごゆっくり」

「は、はい……」


 事務的な会話を済ませ、レオくんはわたしの方を見ることなく、客から見えないようにしてあるスタッフルームのようなところへ戻ってしまった。

 やっぱりあの時のことはなにか勘違いで……、彼も忘れたいと思っているのだろう。どうしていいのか分からず、よそよそしい態度になっていたのを反省する。それと同時に胸の奥がチクリとした。


「?」


 なんだろう。このサンドイッチのマスタードが少しきいたのだろうか。


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 軽食を食べ終えゆっくりくつろいでいると、生徒のひとりが退室の準備を促してきた。どうやらこの執事カフェは時間制になっているようだ。指示に従って荷物を持ち忘れ物がないか確認していると、執事服を着た生徒たちが出口付近で横一列に並び始めた。

 なんだろう、と思っていたら、前にいた他のお客さんが生徒たち、もとい執事たちと順番にハイタッチをしていた。


「!?」


 何が起こっているのか理解できないまま、自分の番が回ってきた。執事カフェの作法を知らないから、とりあえず前の人にならってハイタッチをしてみる。最初にいたのはカナタくんだった。


「先生……やなくて、お嬢様、いってらっしゃいませ!」


 お嬢様!? そういえば、教室に入る時もおかえりなさいませとか言っていたような……。カナタくんの言葉にさらに混乱した頭で、数人の執事たちとハイタッチを繰り返す。

 列の最後にいたのはレオくんだった。


「あ、あの……」

「……いってらっしゃいませ」


 品物を運んできた時と同じように、必要なことだけ言って視線も合わないように少し下を見ていた。レオくんは出し物中だからあまり邪魔はできないけど、できればもう少し話したかった。緊張してきちんと話せる自信はないけど……。


 廊下に出て改めて執事カフェと化した教室を見る。なんかすごい体験をしてしまった。そんな気分だった。自分に魔力があること、供給できることが分かっていなかったら、こんな経験することはなかっただろう。来年はどんな未知の出し物があるのだろうか。まだ学園祭は終わっていないが、今から来年の学園祭が楽しみになった。


「それにしても……」


 レオくんのことはどうしよう。あの時は彼に一方的に話されてわたしは何も言えなかった。だから話がしたいのに、今日の彼の一連の行動を見るに、もう触れてほしくなさそうだった。けれど、いつも通りのレオくんとは程遠かった。いつもの、何も知らなかった元の関係に戻ればいいのかな……。

 考え事をしながら上の空で歩いていたら、反対側を歩いていた生徒にぶつかってしまった。どうやら真っ直ぐ歩けていなかったらしい。


「先生、気を付けてよー!」

「すみません……!」


 生徒は笑いながら右手をひらひらと軽く振り一緒にいた友達と行ってしまった。

 ボーっとして、わたしが生徒を傷付けるなんてことがあったら、一生自分を恨んでしまうだろう。しっかりしなきゃ。

 それに、学園祭も残り数時間で終わってしまうんだから、出し物制覇する勢いで楽しまないと!

 時間の許す限り、昨日は行くことができなかった出し物を見て回ったり、屋台で食べ歩きをした。おそらく、今年の学園祭を一番満喫したのは、わたしに違いない。それくらい楽しかった。

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