第42話 おかえりなさいませ、お嬢様 前編
カナタくんは道中、どこの出し物がおすすめだとか、あの屋台が美味しいだとか、学園祭の情報をパンフレットを広げながら教えてくれた。いくらか行ってないところもあるから、執事カフェの後に行ってみよう。そんなことを考えていたら、軽く目の前が白む。
「、っと……どしたんですか、先生」
再び目の前の景色が色付いた時には、カナタくんの腕の中にいた。どうやら少しふらついてしまったようだ。
「、すみません……」
「まだお化け屋敷引きずっとんちゃいますか? 少し休んでからでも……」
「いえ! 大丈夫です!」
シフトの時間もあるだろうし、もう視界もはっきりしているから大丈夫だと伝えると、カナタくんは心配そうにわたしの顔を覗きこむ。しばらく観察した後、納得したのか、視線を目的地の方へと向けた。
「具合、悪いようでしたら、ちゃあんと休んでくださいね」
「はい、ありがとうございます」
「ほな、行きま……あ、レオや。おーい、レオ―!」
「へっ!?」
ちょうどわたしたちの進行方向にレオくんの背中があった。あんなことがあった手前、どんな顔をして会ったらいいのか分からなくて、思わずカナタくんの後ろに隠れる。
「……なんで隠れるんです?」
「な、なんでもないです……っ」
「カナ……!」
レオくんはこちらに歩いて来て、カナタくんに話し掛けたところで声を止める。おそらくわたしがいることに気が付いたからだ。ど、どうしよう……。いや、ここは普通に接するべき……?
「レオ? どないしたん?」
「いや……」
「ほんで、先生もなんです?」
「へっ? あ、いや……」
「……なんやねんっ!」
天を仰ぎながらそう叫ぶカナタくんにわたしとレオくんは肩をビクつかせる。どう見てもおかしい二人である。でも、いつも通りが装えるほどわたしはああいうことに慣れてない。ましてや、生徒となんて……。カナタくんの影からレオくんを覗くと、彼もどこかばつが悪そうな表情をしていた。
カナタくんを間に挟んで三人で教室へと向かった。沈黙がとても長く感じた。
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「ほな、準備してくるんで、待っといてもらえますか?」
「は、はい……」
カナタくんはそう言って教室の中へと入っていった。一緒に行こうとするレオくんの方をチラリと見ると、レオくんもこちらを見ていたようで視線が絡む。ドキリとして咄嗟に逸らすと、レオくんは数秒経った後、その場を立ち去った。
気まずさが思考の大部分を占めており、執事カフェには来るべきじゃなかっただろうか。カナタくんには申し訳ないけど別の屋台に行こうと思ったその時、教室のドアが開く。執事服に身を包んだカナタくんが出てきた。
「グレース先生! どうです? 似合っとりますか?」
彼の言葉と同時に廊下で女性たちの黄色い声があがる。彼女たちの気持ちも分かる。カナタくんの異国情緒あふれる顔立ちが執事服と妙にマッチしていた。平均的な体型の彼だがすらっとしていて爽やかさを感じられた。
「とても似合っています! 本当に執事服を着るんですね」
「外部からの女性客に評判がいいんですわ。ウチのクラスのやつがどうしてもって言いまして」
たしかに先ほど歓声があがったところを見るに、人気な出し物なのだろう。一日目である昨日もこんな感じだったことが容易に想像できる。
「ほら、レオもはよ来いって」
「ちょっ!」
カナタくんはドアのすぐ傍にいたレオくんを無理矢理引っ張って廊下へと出す。その瞬間、一層大きな歓声があがる。執事服は所謂従者のための作業着のようなものだ。なのに、レオくんの整った顔、高い身長、長い手足に執事服が相乗して3割増しくらいに見えた。つまるところ、とてもかっこよく似合っていた。
「先生、どうです? レオもかっこええやんな? 昨日なんかレオ目当ての客がほとんどでしたよ」
「そう、ですね……よく似合ってますよ」
「っ! ……あ、ありがとう、ございます……」
先ほどまでの気まずい雰囲気なんかなかったかのように照れるレオくんに釣られて、わたしもどこか恥ずかしくなる。ただ事実を言っただけなのに。
「……ほんま、じれったいなぁ……」
隣にいたカナタくんがなにか小さく呟いたようだが、うまく聞き取れなかった。
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