第39話 ロミーとジュリア 後編

「あ! グレース先生だー!」


 わたしが来ていることに気付いたイーゴンくんは、重そうなドレスの裾を持ち上げて小走りで駆け寄ってくる。劇はトラブルなどはなく大成功だったのだろう。イーゴンくんの顔がとても晴れやかだったから。


「ほんとに来てくれたんだ! 嬉しい!」

「ドレス、とてもお似合いですよ」

「でしょ? ぼくのためのドレスだもん」

「装飾凝ってますね、すごい……」

「……グレース先生……」

「わっ! ……ふふ」


 イーゴンくんと話していると後ろから名前を急に呼ばれ、驚いて振り向くとそこにはルカ先生がいた。思わず笑ってしまった。


「す、すみません……んっ……ふふっ」

「……笑いすぎ、です……似合ってなさすぎ、ますよね……自分でも、思い、ます……」

「ぜぇんぜん似合ってない! かわいさの欠片もない! なのに物語はぼくが負けるの何回やってもムカつく!」


 頬をぷくっと膨らませながら不満を漏らすイーゴンくん。

 劇はなんやかんやあってイーゴンくんことロミーが負けて、ルカ先生ことジュリアに殺される。純粋無垢なジュリアは勝負の末とは言え人を殺めてしまったことに心を痛め、その後感情を失くした。ジュリアのかわいさは笑顔が大部分を占めていたので、周りからお前はかわいくない、死んだロミーの方がかわいかったと勝負を観戦していた人に殺されてしまう。対立の火種がなくなった両家は、次の火種ができるまでは争わなくなった、というラストだった。悲劇を元にした喜劇、かと思いきや、最後は鬱屈とした結末だった。


「脚本した人に何回言っても変わらなかったし、ほんとあり得ない!」

「でも、劇は面白かったですよ? こう……感情のジェットコースターというか……」

「……先生が楽しんでくれたならいいけど……まあ、ロミーは負けたけど、ぼくが一番かわいいのには変わりないもんね!」

「ふふ、そうですね」

「……私は、自分が、かわいいと、思ったことなど、一度もありません、から……」


 ルカ先生はそう言って「仕事がこれからあるので」と臨時の更衣室にされている教室に行ってしまった。……後ろ姿でもインパクトがあるなぁ。


「イーゴンくんは着替えなくて大丈夫ですか?」

「うん、もうちょっとだけ先生と話したい。……戦場、大変だったでしょ」

「……大変でしたね。ずっと戦闘しているわけではなかったので、それなりに身体は休められましたが、気がなかなか休まりませんでしたね」

「分かる! ぼくたちは面と向かって戦ってないのに、なぁんか気力が消耗しちゃうんだよね」


 生徒の中では唯一戦場に行ったことのあるイーゴンくんとお互いの体験談を共有して会話に花を咲かせた。


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 さすがにそろそろ着替えるというイーゴンくんとは別れて、通行人の邪魔にならないように廊下の隅でパンフレットを開く。まだ時間がありそうだから屋台のほうでも行ってみようかな……。よく見かけるおやつから聞いたこともない食べ物まで、いろいろな屋台がある。どこにしようか、と考えていると誰かに呼ばれる。


「理事長!」

「ほっほっ、楽しんどるかの?」

「はい! とても!」


 笑顔でそう答えると理事長は嬉しそうに長い顎髭を撫でた。


「よかったよかった。グレース先生の仕事を減らしてもらったかいがあったわい」

「え……?」

「あ、しまった」

「仕事って……この学園祭の仕事ですか?」

「ええっと……」


 理事長は誤魔化しきれないと観念したのか、全部話してくれた。

 わたしが学園祭に参加するのは初めてだから、楽しめるように仕事はできるだけ少なくしてあげてほしいと担当の先生に理事長が交渉したらしい。最初は平等にと断られたものの、わたしが来たことで多くの生徒が助かっていることを考慮して、今回だけ他の先生と比べて半分以下の量になっているという。


「そんな……わたしだけ特別扱いなんて……」

「ああ……グレース先生は気にせんでいいからの? わしからのご褒美みたいなもんと思ってくれ」

「でも、他の先生方に申し訳ないです……」

「わしの我が儘を聞いてもらっただけじゃから。先生が存分に楽しんでくれる方が、みんなも嬉しいじゃろう」

「そう、ですかね……」

「うむ! 戦場で頑張ってくれたその分もあるからの。……ここの屋台なんかは、美味しかったぞ」


 理事長は開いていたパンフレットを指差して言った。

 わたしが楽しんでるせいで仕事が増えてしまった先生方には恐縮だが、理事長や先生方の厚意を有難く頂いておこう。

 その気遣いを無駄にしないように、手始めに理事長が教えてくれた屋台に行ってみよう。学園祭一日目、終了時刻のギリギリまで楽しもう!

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