第40話 最恐!マジカルホーンテッドハウス 前編

 ――学園祭二日目。


 理事長と他の先生方のおかげで今日の仕事もすぐに終わったので、昨日は行けなかった出し物を早速見て回ろう。


「それほどお腹はすいてないし……ヒューゴくんのところかな……」


 レオくんとカナタくんのところはカフェだと言っていたから、どうせなら食べ物も味わいたいし。

 ヒューゴくんはお化け屋敷だっけ。正直に言うと、お化けなどの怪奇現象はあまり得意ではない。わたし自身が女性なのに魔力を持っていて怪奇現象みたいなところはあるけど……。

 あの博識なヒューゴくんが作るお化け屋敷だ。どんな仕掛けがあるか見当もつかない。覚悟してパンフレットに記載されている場所へと向かった。


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「あ、ここだ」


 パンフレットを頼りに目的地周辺をキョロキョロと見回しながら歩いていると、暗い色で統一された一画があった。看板にもお化け屋敷だと書かれてある。魔法の文字も見えるから、仕掛けに魔法が使われているのだろうか。


「グレース先生じゃないですか」

「ヒューゴくん! ……その格好は?」


 ヒューゴくんは制服ではない衣服に身を包んでいた。おそらく何かのお化けなのだろうけど、見たことがない格好だった。頭には丸い帽子のようなものを被り、服は前開きする黒いワンピースみたいだ。どこかの国の礼服だろうか。一番特徴的なのは帽子から顔に垂らすようにして貼られた一枚の紙だ。アルキュサスのではない言語が書かれており、読むことはできない。


「これはキョンシ―という所謂ゾンビのようなものらしいです。遠い東方の国の文献で見つけたんです」

「へー……この紙はなんですか?」

「呪符です。これが貼ってあると、術者が自由に動かせるだとか……」

「なるほど。ゾンビならやっぱり噛むんですかね?」

「はい。だから、こうして……」

「わっ!」


 ヒューゴくんは唇を横に引いて鋭い歯を見せてくれた。普段の彼にはこんな牙はないから、わざわざつけたのだろう。これで噛まれたら痛いだろうなぁ……。


「キャー!」

「っ! び、びっくりしました……お化け屋敷の中からですかね」

「昨日も悲鳴がずっと響き渡っていましたからね。僕の計画は完璧です!」

「そ、そうなんですね……」


 自信満々な彼とは裏腹にわたしの覚悟は徐々に元気をなくしていく。この中をひとりで……。他のお客さんの悲鳴に怖気づいていると聞き慣れた声が聞こえた。


「あれ? 先生やん! ……とセルヴァン先輩もおったんですか。あ、ここ先輩のお化け屋敷か」

「カナタくん、どうしてここに? カフェをやっているんじゃないんですか?」

「シフト制で、おれは今休みなんです。もうちょっとしたら戻らなきゃですけど」

「そうなんですか」

「レオもおれと一緒のシフトなんで、その時来てもらえたら嬉しいです」

「分かりました!」

「ところで……」


 カナタくんは言葉を止め、お化け屋敷の方に目を向ける。


「もう、お化け屋敷行かれました?」

「いえ……これからなんですけど、心の準備が……」

「もしかして、怖いんですか? なんや、先生もかわいいところあるなぁ」

「か、かわいくはないと思いますけど……」


 細い目をさらに細めながらわたしの肩をポンポンと軽く叩く。どこか嬉しそうにする彼に、少し戸惑いながら返事をする。かわいいというよりは意気地なしというか……。


「せや! おれと一緒にどうですか?」

「え! いいんですか! あ、でも……」


 カナタくんからの突然の申し出は有難いが、このお化け屋敷がひとりで回る前提ならその誘いは無効になってしまう。どうだろう、という意思を含んだ視線をヒューゴくんに向けると、きちんと汲み取ってくれたようだ。


「同時に二人まで可能ですから、先生とシスイ、一緒に回れますよ」

「それならよかったです。じゃあ、お言葉に甘えて……」

「よっしゃ、先生と学園祭デートや! ほな、列並びましょ!」

「デッ!? あ、ちょっとカナタくん!」


 デート。その単語に慌てふためいていると、カナタくんに手を掴まれ長い列の最後尾へと連れて行かれた。ずいぶんと強引なカナタくんの方を見ると、わくわくとした表情だったので、ちょっとした文句も言えなくなってしまった。

 断じてデートではないけど、彼がこれだけ楽しそうにしているなら、わたしも隅から隅まで楽しまなきゃ! たとえ、苦手なお化け屋敷だとしても……!

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