第36話 魔法のショー 前編

 ――学園祭一日目。


 開幕を告げる火属性の魔法を使った綺麗な炎が空にあがる。学園祭には学園の生徒だけでなく、国民であれば誰でも入場できるらしい。結構な一大イベントだけど興味がなかったわたしは全くその存在を知らなかった。知っていたとしても、魔力があることが分かっていなかった以前のわたしでは行かなかっただろう。生きていながらその意義を分かっていなかったわたしなら。


「えっと……仕事の担当の時間は……」


 事前に配布された役割リストを再度確認する。一緒に渡された学園祭のパンフレットも開く。みんなの出し物の時間もしっかり見ておかなければ。


「この時間に終わるなら、最初はケイレブくんのところかな……」


 ケイレブくんは魔法を使ったショー。場所は実技棟にある魔法耐性のある教室。勉強会の時に使ったところだ。パンフレットによると1日に何回か行われているらしい。ショーの2回目がちょうど仕事終わりに間に合いそうだ。


「さて、まずは仕事しなきゃ!」


 賑やかになり始めた廊下を早歩きで急いだ。


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「グレース先生、交代ですよー」

「あ、もうそんな時間ですか。ありがとうございます」

「いえいえ、楽しんでくださいー」


 仕事の次の担当である同僚の先生にもう一度お礼を言ってから、その場を離れる。

 この時間ならケイレブくんのところには余裕で間に合いそうだ。どんなショーが見られるのだろうか。わくわくしながら人波にのまれないように実技棟へ向かった。


「この辺り、なんだけど……」


 学園に来て結構経っているが、基本的に供給室と職員室くらいしか行かないので他の教室、ましてや実技棟ともなると、実のところ場所は正確には覚えていない。勉強会の時はルカ先生と一緒だったからよかったけど、今日はひとつひとつ教室を確認してから目的地を探す。


「……あ! ここかな?」


 ここに来るまで見かけた派手に装飾された教室の入り口とは打って変わって、シンプルにショーが行われることと時間だけが書かれた看板が置かれている教室があった。本当にここで合ってる……?

 不安になりながら教室を覗くと、そこにはケイレブくんと数名の生徒がいた。もれなく全員がケイレブくんのような不良の見た目をしていた。


「、ぁ」

「ケイレブくん! よかった、ここで合ってますね」

「……まだ時間じゃねぇ」

「そうですね。教室の外で待っています」

「勝手にしろ」


 そう言ってケイレブくんは舞台袖のようなところに行ってしまった。教室の外へ出ようとしたところで、ケイレブくんの仲間の生徒に呼び止められる。たしか、3年生だったはず。何度か供給をしに来てくれたことがある。


「えっと……」

「センセ、あいつと知り合い?」

「あいつ……ケイレブくんですか?」

「ああ。あいつ、同学年だとほとんど仲良い奴いなくて、まあ俺らみたいなのとつるんでたら無理もないけどさ」

「ケイレブくんとは……」


 廊下で彼とケイレブくんのことについて話した。あの魔力切れで倒れた日のこと、この生徒が不良の仲間たちのリーダー格であること、今日の学園祭はそんな仲間たちで出し物をしていることなど。自分はもうすぐで卒業だから、来年からケイレブくんがちゃんとやっていけるか心配をしていることも。


「俺らの中でもあんまり馴染んでないっていうか、構うなオーラ出すんだよなぁ」

「そう、ですか……?」


 わたしの知っているケイレブくんは、どちらかと言えば構ってほしそうな、声をかけてほしそうにこちらをよく見ている気ががする。


「ま、センセがあいつのことよく見ててくれるなら、俺も安心かな」

「ふふ、優しいんですね」

「仲間にした責任っつーの? そういうのがあるだけ……ケイレブ?」


 ケイレブくんは一匹狼気質だから、こんなにも彼のことを考えてくれている人がいるとは思っていなかった。3年生の彼と同じようにわたしも安心していたら、真後ろに当の本人が立っていた。


「……時間」

「あ? ……ああ、ほんとだ。行くか。センセ、もうちょっとだけ待ってて」

「はい、分かりました」


 ケイレブくんはこちらをジロリと一瞥してから教室に入っていった。会話、聞かれていただろうか。いないところで話題に出されるのはわたしもあまりいい気がしない。悪いことをしてしまったなぁ……。


「……えー、ただいまより魔法ショーの入場を開始します! 前より順番に詰めてお座りください!」


 案内役の生徒の指示に従って教室内に入る。舞台がセッティングされているようで、先ほどとは違う様相を見せている。

 どんな魔法が飛び出すのだろう。高揚感でいっぱいの胸を喜ばせるように開演のブザーが鳴った。

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