第35話 帰ってきた日常

「先生ー! 戻ってきたんやってー? ……大盛況や」

「あ、カナタくん! お久しぶりです!」

「供給落ち着くまで待っときますわ」


 ドアを開きながら元気よく供給室に入ってきたのはカナタくんだった。お昼休みはそれほど生徒が訪れなかったが、放課後になると一気に押し寄せた。中にはいつかのケイレブくんのように、できる限り魔石から補給しなかったという生徒もいて、申し訳なさやら有難いやらで……。とにかく今は集中して、このたくさんの生徒に供給をしなければ。


「……っと、なんやケイレブくんもおったんか……というか、セルヴァン先輩にイーゴンくんまでおるやん。学園の有名人が勢揃いやなぁ! レオはおらんけど」

「そういえばそうだな。僕が供給室に来た時、必ずと言っていいほどレオポルドはここにいるのに」

「昼くらいからなーんか様子が変やったような……」

「アイツはいつも変だろうが。腹の底が見えねぇっていうか」

「ふぅ……お待たせしました! みなさんで何の話をしていたんですか?」


 戦場で効率を重視した供給をしていたからか、以前より供給のスピードが速くなった気がする。あれほどいた生徒がすぐにいなくなった。でも、ここは戦場じゃないから次からはもっと丁寧に、けれど無駄は省くもっと生徒に寄り添った供給をしよう。そんなことを考えながら、楽しそうに会話していた輪の中に入る。


「珍しくレオ先輩がいないねーって話! 先生はなんか知ってる?」

「へっ? い、いえ、なにも……」


 お昼休みの出来事を思い出してしどろもどろになってしまう。


「……なぁんか、におうなぁ……」

「え、ここ臭いますか?」

「そうやなくて……。先生、レオとなんかあったんとちゃいますか」

「な、なにが、ですかっ?」


 全員の視線がわたしに集まる。明らかに疑うような視線が。


「ぜぇったいなにかあった! ぼくには分かる!」

「オマエだけじゃなくて、全員分かってるぞ」

「えー? ケイレブくん頭悪いのに分かるの?」

「このクソチビ……っ」

「喧嘩はだめですよ……!」


 今にも掴みかかりそうなケイレブくんをなだめる。

 いつも通りの賑やかな日常が戻ってきたことをやっと実感できた気がする。


「で?」

「はい?」

「レオと何かあったんですか?」

「っなにもないですってば……! そ、それより! 学園祭、みなさんは何をするんですかっ?」


 これ以上聞かれたらボロが出そうだったので、強引に話題を逸らす。かなり無理矢理だったから、まだまだ質問責めが続くと思われたが、学園祭という一大イベントの単語が出たことで、彼らの意識がそちらに向いた。よかった……。


「はいはい! ぼくのところはね、劇するんだぁ! もちろんぼくがお姫様役!」

「お姫様ですか! 似合いそうですね!」

「先生、絶対見に来てね!」


 右手を高くあげて満面の笑みでイーゴンくんはそう言った。お姫様役、かわいいが大好きなイーゴンくんにぴったりだ。


「おれのクラスは執事カフェするんですわ。もちろんレオも一緒に」

「執事、カフェ……?」

「おれら生徒が執事の格好して、お客さんをおもてなしするんです。おかえりなさいませーって」

「へー……面白そうですね」

「先生のこと、精一杯おもてなしさせてもらいますんで、ぜひ」


 執事と言ったら貴族などの上流階級が従えているお手伝いさんのようなもの。それのカフェとはあまり想像がつかない。生徒が執事の格好をするというのも初めて聞くが、学園祭においては一般的な出し物なのだろうか。当日が楽しみだ。


「僕はクラスでお化け屋敷をしますよ」

「お化け屋敷ですか! ……ヒューゴくんも準備に参加したんですか?」

「もちろんです。設計から当日の担当までしっかりと参加します。……以前の僕なら参加していませんでしたがね」

「……そうですか。ふふ、協力してどんなものが出来上がっているか楽しみですね」


 彼の言う通り、以前のヒューゴくんはクラスメイトと距離を置きたがっていた。どんな心境の変化だろうか。いずれにしても、ヒューゴくんの知識があれば、さぞ物凄いお化け屋敷が出来ていることだろう。


「……ケイレブくんは何をするんですか?」

「……魔法のショー」

「魔法を使ったショーですか。たしかに勉強会で見たケイレブくんの炎は何かのショーを見ているようでしたから、ぴったりですね。見に行きます!」

「……あっそ」


 ケイレブくんはそう言ってそっぽを向いてしまった。彼の隣にいたカナタくんが突然ニッコリと笑みを浮かべた。


「……よかったやん?」

「、クソッ!」

「? どうかしましたか?」

「なーんもないですよ、な、ケイレブくん?」


 カナタくんはケイレブくんの肩を軽くパンパンと叩く。ケイレブくんは無言で立ち上がったかと思ったら、そのまま供給室を出て行ってしまった。

 今聞いたもの以外にも様々な屋台や舞台などの出し物があるのだろう。当日は教員としての仕事もあるが、終わったら時間の許す限り学内を隅々まで見て回ろう。初めての学園祭。余すことなく楽しもう!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る