第34話 先生だから

 戦場に赴いている間、この供給室は閉めてあったため、特に備品が減っていることもなかった。怪我の際は、職員室にある救急箱でも使ったのだろう。溜まった書類の整理をしていたらあっという間にお昼休みになった。各担任から供給室が再開していることを知らされた生徒たちがたくさん訪れてもいいように供給の準備をしたが、元々お昼休みに来る生徒が少ないのもあって、それほど時間はかからなかった。もう来ないかな、と思い、お弁当を鞄から取り出したちょうどその時、供給室のドアが開く。食べる前でよかった。顔を上げると、そこにはレオくんがいた。


「レオくん! お久しぶりですね!」

「、はい……」


 心なしか元気がないような……?

 魔力切れ、というわけではなさそうだ。あの時のケイレブくんのような顔色の悪さは見てとれない。


「……どこか、調子悪いですか?」

「いえ、特には……」

「それならいいですが……あ、お弁当これからですか?」


 レオくんは普段から誤魔化すことが多いけれど、体調不良を隠しているようではないので一旦保留にした。レオくんの手にお弁当があることに気付いたのでそう問いかけると、彼は慌てて持っていたお弁当を二、三度見た。


「え、ああ、そうです。……グレース先生と食べようと思って」

「ふふ、一緒に食べるのは初めてですね」


 食事中の何気ない会話もどこかぎこちなく、レオくんらしくなかった。


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「あ、そういえば、学園祭があるんですよね! レオくんはなに、を――」


 食べ終わりお弁当を片付けながら、学園祭のことをふと思い出したので、レオくんはなんの出し物をするのかと聞こうと彼の方へと視線を移したら、いつの間にかすぐ傍に立っていた。全然気が付かなかった。それにしても何故……?


「レオ、くん……?」

「……、あの男」

「へっ?」

「……戦場からこちらに戻ってきた時に、学園に寄りましたよね」

「どうして、知って……休みでしたが、レオくん学園にいたんですか?」


 自分の机に椅子の背もたれがガタンと当たる。気付かないうちに、レオくんがにじり寄っていたようだ。わたしに覆いかぶさるようにレオくんの顔が近くなる。


「あ、あの……?」

「一緒にいた男とは、どういう関係ですか? 軍服だったので軍人だったことくらいしか分かりませんでしたが……先生の恋人ですか?」

「恋っ!? ち、違います! オリバーさんは戦場で護衛していただいた方で……」


 どうして突然恋人かどうかなんて聞いてきたんだろう。レオくんの顔が少し怒っているような……。


「オリバーさんというんですね。ずいぶん親しそうでしたけど」

「護衛でずっと一緒だったので……」

「先生と四六時中一緒……? いいなぁ、俺は1日にほんの2時間くらいなのに」


 レオくんが供給する時くらい近くなったところで予鈴が鳴った。もうそんな時間だったのか。本当なら久しぶりだからもっとレオくんと話していたいところだけど、普段と違う彼からはできるだけ早く逃れたかった。彼の真意が読めなくて、どう対応していいか分からなかったから。


「あ、そろそろ時間です、ねっ!?」


 レオくんとの距離がゼロになった。


「んっ……そのオリバーという男とも、こうやってキスしてましたよね。供給じゃなくて、キス」

「キっ!? ……してませんよ?」


 オリバーさんは護衛役だったため、戦闘で魔法を使うことはなかった。だから供給も3回ほどしかしていない。レオくんは何を勘違いしているのだろう。……というか、今、レオくんとはキスをしてしまった、の……?


「学園で、してたじゃないですか。どうして嘘を吐くんですか」

「っ嘘では……ぁ」


 学園でならなおさらする機会などない。そう返そうとしたところで、記憶がよみがえる。わたしが最後の最後で転んでオリバーさんが受け止めてくれたことを。あの時、たしかに唇が触れそうなくらいまで顔が近づきはした。けれど、触れそうだっただけで触れてはいない。……もしかしたら、見る角度によってはしているように見えたかもしれない。レオくんはきっとそこから見てしまったのだろう。


「ほら、やっぱりしてるじゃないですか」

「っいえ、あれは!」

「……俺の先生なのに……」


 小さく呟いたレオくんはわたしの左頬を右手で撫でる。詰問のようなことをされているとは思えない、優しく愛おしそうな手つきにひどく困惑する。

 こんなレオくん、知らない。


「本当は、俺以外に供給してほしくないです。俺だけと唇を合わせてほしい。俺は先生が……っ」


 レオくんは矢継ぎ早に紡いでいた言葉を途中で止めた。わたしと目を合わせて、一瞬切なそうな表情をしてすぐ元の顔に戻ったと思ったら、レオくんはわたしから離れた。


「……失礼な行動を取ってしまってすみませんでした。教室に戻ります」

「え? あ、レオくん!」


 持ってきたお弁当を手に持ち、足早に供給室を出て行った。供給室を出る直前に、ほんの数秒、こちらを見たのは気のせいだっただろうか。


「レオくん……最後……」


 彼の言葉の続きはなんだろう。深く考えなくても容易に答えに辿り着けた。


「……すき……」


 ……彼は生徒で、わたしは曲がりなりにも先生、だから。

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