第32話 任務終了
「ふぅ……」
馬車がゆっくりとスピードを上げていく。ここに来た時と同じような早馬なら2日かからないくらいで自宅に到着するだろう。
帰りはそう急がないから宿屋に寄ることも可能だとオリバーさんから言われたが、馬車でもある程度の休息はとれるし、なによりわたしのためだけに宿代が払われるのが忍びなかった。
「お疲れですよね。予定より早く休憩をしますか?」
「いえ! 大丈夫です! ようやく終わったんだなぁと感慨深くなっていただけで……」
「そうですか。何か不調等あれば、遠慮なく仰ってください」
「ありがとうございます」
道中、予定通りに休憩や食事などをして、馬車内では他愛ない話を交わした。
護衛だと紹介された時は、綺麗な顔をした人だけど、どこか冷たさのようなものを感じていた。今は彼に冗談も言えるくらいになった。頑固な彼と打ち解けられるくらい戦場にいた時間が長かった。
学園の生徒たちは魔石の補給で大丈夫だっただろうか。特にケイレブくんが心配。また倒れていないといいけど……。
馬車の窓から外を眺めながら物思いにふけっていたら、馬車の揺れが疲れた身体にちょうどよくて意識がゆっくりと落ちていった。
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都市部に到着したのは、次の日の夕方だった。
少し荷物を供給室に置きたかったので、学園に寄ってもらうことにした。明日以降の出勤日に持って行ってもよかったが、ちょうど通り道だからとオリバーさんが気を利かせてくれた。
「では、いってき……オリバーさん? どうして降りて、」
「荷物、お持ちします」
「へっ? 軽いから大丈夫ですよ、ひとりで……」
「家に帰るまでが護衛ですので」
「そ、そうですか……」
これは経験上、絶対に引いてくれない。そう思って、片手で持てる荷物を持ってもらった。今日は学園が休みの日だから学内がとても静かだ。職員室に寄って供給室の鍵を取り、二人で向かった。
「……医務室、みたいですね」
「そうですね。ベッドや薬品もありますからね」
「荷物はどちらへ置きますか?」
「この机の上にお願いします。わざわざありがとうございます!」
「いえ」
供給室を出る前に室内を見回す。久しぶりの学園はどこか懐かしさを感じさせた。やっと帰ってこれた。明日からの供給業も頑張らなきゃ!
供給室の鍵をかけ、その鍵を職員室の定位置に戻し馬車へと向かう。その時だった。
「っ!」
「! ベネットさん!」
「わっ!」
足元には何もなかったはずだから、おそらく自分の足に躓いて転んでしまったものの、オリバーさんが下敷きになって受け止めてくれた。どうしてわたしは最後まで迷惑をかけてしまうのだろうか。
「す、すみません! 大丈夫ですか!」
「、私は大丈夫です。ベネットさんこそ、怪我はありませんか」
「オリバーさんのおか、げで……っ」
声の方に顔を向けると、オリバーさんの顔が思ったよりも近くにあってもうすぐで鼻先が触れてしまうほどだった。気付いて慌てて離れようとしていると、彼もそのことを理解したのか頬が赤く染まる。光の速さでわたしを抱えて立ち上がり、距離を取った。
「あの、ありがとうございました……不注意ですみません……」
「いえ。ベネットさんに怪我がなくてよかったです。戦場ではないとは言え、怪我をさせてしまったら護衛失格ですから」
「そんなことはないですけど……」
心なしか早口なオリバーさんと共に改めて馬車へと向かった。横にいる彼をチラリと見ると、それに気付いたオリバーさんの瞳がこちらを見る。慌ててお互いに目を逸らし、何とも言えない空気のまま馬車に乗り込んだ。
その一連の光景を見ていた人物がいるとも知らずに――。
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先ほどのことがあって、わたしの家までの道程は馬車内に沈黙が流れていた。
家に到着して、オリバーさんに荷物を玄関まで運んでもらった。最後の荷物を置いたオリバーさんと向き合う。
「荷物、ありがとうございます。……これで、護衛の任務は終わりですね」
「、はい」
「ここまで、本当にありがとうございました。文字通り、命も助けていただきましたし、感謝してもしきれません」
「命令ですから。……ですが、貴女を攻撃から守ったあの時から、命令というよりも私自身が貴女を守りたいと思うようになった気がします」
「……っ」
オリバーさんはそう言って跪き、わたしの左手を取りその甲に軽く口付けを落とした。まさかそんなことをされるとは思っていなかったから、一瞬思考がフリーズした後、一気に顔が熱くなる。あの攻撃を受けた時、わたしを守ると言って同じような行動をしたが、今、されていることは、もっと男女間の契りの形式に近くて……。
目だけをこちらに向けるオリバーさんと視線がぶつかった。
「……貴女を無事に帰すことができてよかった。どうか、お元気で。……グレースさん」
そう言って、オリバーさんは手を離して立ち上がり、馬車の方へと歩き出した。わたしは、まだ何も伝えて……。
「オリバーさん! オリバーさんもお元気で……!」
わたしの声が届いたのか、オリバーさんは足を止め半身でこちらを一瞥して軽く右手を上げた。まるで親しい間柄の知人にするような挨拶だった。それに返すようにわたしも手を振ると、彼はそのまま馬車に乗り込んでここから去って行った。
もしも、また供給のために戦場に呼ばれることがあったら、オリバーさんと再会するかもしれない。そう考えながら、久しぶりにふかふかのベッドで眠りについた。
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