第31話 お別れ
馬車が来る前に、自室のように馴染んだテントの中を片付けた。オリバーさんが手伝いを申し出てくれたけど、持ってきた物がそこまでなかったからすぐに片付いた。
一先ずの停戦を聞いた軍の中央部から馬車が到着した。もう少し日数がかかると思っていたが、行きと同じように早馬だったらしい。馬を1日休めてから出発になる。
馬を休めている日の夜、わたしの送別の宴が行われた。祝杯をあげたあの日のように、隊員みんなでどんちゃん騒ぎだった。やっぱりお酒はなかったけど、隊の料理人が余った食材で腕を振るってくれた。戦闘が行われていた時に支給された軍用食もおいしかったけど、彼の料理は比べものにならないくらいだった。温かい料理ってどうしてあんなに美味しいんだろう。
楽しい時間は早く過ぎていき、夜も深くなった頃、宴はお開きとなった。何人かの隊員は二次会を始めようとしていたけど、わたしは明日に出発するからと先に休ませてもらうことにした。
「オリバーさん、最後までありがとうございます」
「まだ最後ではありませんがね。明日からの道中もしっかり護衛します」
「そう、でしたね。よろしくお願いします」
「はい。……おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
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次の日。
「もう行っちゃうのー!? もっとグレースちゃんといたかったのに!」
「ディエゴさん……」
「俺も馬車乗ろっかな!」
「そんなスペースはない」
「先輩ー!」
「ふふ」
二人のやり取りに思わず笑みがこぼれる。命が懸かった戦いのあととは思えない会話だったから。
「……そうやって、グレースちゃんはずっと笑っててよ。笑顔のグレースちゃんが一番好きだから!」
「ディ、ディエゴさん……!」
「照れてるのもかわいいけどね」
「っ!」
ディエゴさんはふんわりとした笑顔を浮かべながら抱き着いてきた。突然の出来事に腕の中で慌てていたら、オリバーさんが背後からディエゴさんを引き剥がした。
「……油断も隙もないな、ディエゴは」
「最後のお別れくらい許してくださいよー!」
「あ、握手くらいなら……」
「えー、……ほっぺにキスとか、どう?」
「いい加減にっ」
「先輩、顔、怖いっす! 嘘ですよ、嘘!」
握手をしようとしたわたしの手が所在なさげに彷徨う。引っ込めるべきか。そう考えていたら、ディエゴさんの手が触れた。
「グレースちゃん、本当にありがとう。グレースちゃんがいてくれたから、隊員みんないい働きができたよ」
「……こちらこそ、ありがとうございました! みなさん、よくしてくれて……。お役に立てたようで何よりです!」
「死人が出なかったのは、君のおかげでもあるな!」
「ヴァルクスさん!」
テントの中でなにか作業をしていたヴァルクスさんが出てきた。彼ともここでお別れだ。
「魔力の供給という大仕事を見事成し遂げてくれたな! このむさ苦しい戦場に華も添えてくれたしな!」
「そうですか……」
「いやぁ、これからも戦場に君がいると便利でいいなぁ!」
「はは……、えっと、お世話になりました」
「上官ー! 今は、俺との時間ですよー!?」
ヴァルクスさんと握手をしていると、ディエゴさんが割って入ってきた。今はそれほど困っていなかったけど、彼の方を見るとどうやらまた助けてくれたらしい。彼は本当にいい人だ。だからこそ、わたしなんかじゃなくて誰か他の人に好意を向けてほしい。好き、は本気ではないのかもしれないけど。
「ベネットさん、そろそろ……」
「もうそんな時間ですか。……ヴァルクスさん、ディエゴさん、隊のみなさん、本当にお世話になりました! ありがとうございました!」
わざわざ見送りに来てくれた隊員たちにお礼と挨拶をして、オリバーさんと共に馬車に乗り込んだ。
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