第29話 長引く戦闘、擦り減る精神
再び戦況が動き魔法の撃ち合いが始まったと思えば、睨み合いに逆戻り。そんな状況がしばらく続いた。なかなか終わりが見えず、肉体的にも精神的にも疲れが蓄積されていった。
「ベネットさん! こっち手伝える?」
「っはい、ただいま! ……ん、供給できました!」
「ありがとね」
ここに来て初めて供給した時よりも、隊員たちの顔が暗くなっているような気がした。わたしにできることは魔力の供給と少しの応急手当だけだから、彼らの気持ちが明るくなるようなことができなくてもどかしい。もっと何か……。
供給や怪我人の波が途切れ一段落つき自分の定位置に戻ると、入り口が開き人が訪れた。オリバーさんは諸事情で席を外しているから彼じゃないはず……。誰だろう、と顔を上げると珍しい客人だった。
「やあ、ベネットさん」
「ヴァルクスさん、どうかされましたか?」
「いやぁ、どんな様子かと見に来ただけだよ。よくやれているようだな!」
「ええ、なんとか、」
「まあ君の仕事はキスをするだけだから当たり前か」
「……っ」
ヴァルクスさんはガハハと笑いながらそう言う。間違ったことは言っていない。最前線で命を懸けて戦っている隊員に比べれば、わたしの仕事なんて子どもでもできるようなことだ。分かってはいるけど、改めて言われるとやはり自分は役に立ってなんかいないんじゃないかと思わされる。
「で? どうなんだ?」
「どう、とは……」
「キスなんだから、快感を得ているのか?」
「……は?」
予想もしていなかったことを問いかけられ思考がフリーズする。たしかに魔力は経口投与される。つまり、キス、だ。だからと言って、供給がそのままイコールキスになるわけではない。わたしも最初の頃はキスと同じだと思って、レオくんにする時はかなり躊躇したが、今は微塵も邪な気持ちはない。
ヴァルクスさんがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべているのを見て、わざとこの質問がされていることに気付いた。
「……これは、あくまで供給という行為なので、そんなことは……、」
「ないと言い切れるのか? 舌を入れてくる男だっているだろう」
「っいるわけ、」
「グレースちゃーん!」
そんな人いるわけない。そう言い返そうと思ったら、わたしの名前を呼びながら元気よく医療テントの入り口が開かれる。訪れたのはディエゴさんだった。
「俺、供給してもらっても……、っと上官、いらしたんですか。彼女の魔力すごいですよ、もう受けましたか?」
「……ふん、私はいらん。モデスパロにはしっかり働いてもらうんだから、十分に供給をしてもらえ」
「はいはーい! じゃ、グレースちゃんお願い!」
ディエゴさんと入れ替わるようにヴァルクスさんは帰って行った。まだまだ意地悪な質問責めが続くと思っていたから、ホッとして小さくため息を吐く。タイミング良く来たディエゴさんの方を見るとニコニコとこちらを見つめていた。そうだ、供給しに来たんだった。
「供給、しますね」
「あ……うん、お願い!」
「? んっ……?」
供給のために訪れたとたしかに彼は言った。けれど、送り込んだ魔力はすぐに返ってきた。自分で魔力の量が分からないわけはない。じゃあ、どうして供給してほしいなんて嘘を……? もしかして、ヴァルクスさんとの会話を聞いていて……?
「っ……ありがとー!」
「あの、魔力足りていたんじゃ、」
「んー? どうかなー」
「……もしかして、助けてくれましたか?」
「……さり気なくやったつもりだったんだけどなぁ。供給したらバレバレか」
「ふふ、そうですね」
「あー、俺、格好悪いなぁ!」
ディエゴさんは頭に手を回し、ばつが悪そうにガシガシと掻いた。
「ありがとうございます、助けていただいて」
「全然! ……指揮官、普段はいい人なんだよ。作戦も上手いし。ただ、戦場に女性がいるのに慣れなくて扱いが難しいんだと思うんだ」
「それは、たしかにそうですね……」
一部例外的に女性の職員が組み込まれている時もあるが、基本的に戦場にいるのは魔法が扱える男性のみだ。普段から女性と接していないわけではないだろうが、戦場での指揮となると話は変わってくるだろう。
「それに、この戦い、思ったよりもちょーっと長引いててストレスも溜まってるんだと思うんだよね。許してやってほしい」
「部下が言う台詞じゃないですね、」
「……たしかに?」
「ふふ……戦場がストレス溜まるのも分かります。命の駆け引きが常に行われているわけですし。だから、ヴァルクスさんの感情も理解できます」
ヴァルクスさんの言動はそれだけではなさそうだったけど、ストレス過多がトリガーになってああいう質問をしたかもしれないし、何か目立った実害があったわけではない。ディエゴさんが早く助けてくれたからだけど。
「……許してやってなんて言っておいてなんだけど、グレースちゃんいい人すぎない? 俺の彼女にならない?」
「そ、それは……、えっと、」
「はは、うそう、」
「……ディエゴ、何をしている」
唐突な告白にどぎまぎしていると、離席していたはずのオリバーさんがいつの間にかそこにいた。
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