第28話 束の間の停戦
数日間医療テントで忙しく供給をしていたが、再びここに来た時のように睨み合いの時間が訪れた。偵察部隊によるとしばらくはこの状態が続くらしい。久しぶりにゆっくり寝ることができた。
「でも、いつまで戦いは続くんだろう……」
朝特有のボーッとした頭でそんなことを考えていたら、不意にテントの入り口が開いた。
「ベネットさん、おは……っ! すみません!」
「へっ? ……あっ!」
オリバーさんが入ってきたと思ったら、何かに気付いて顔を少し赤らめながら急いでテントから出て行った。何事かと自分の格好を見ると、ちょうどトップスを着るところで下着の状態だった。そうだ、朝の身支度をしていたんだった。か、完全にオリバーさんに見られた……!
慌てて服を着てどこか不備はないか確認してからテントの外へと出ると、すぐ横にいたオリバーさんの肩がびくりと跳ねる。わたしの顔を確認した後、90度に腰を折り曲げ深々と頭を下げる。
「申し訳ありません! 完全に不注意でした!」
「え、えっと……わたしは、その、気にしないので……」
「それでは、私の気が済みません! 罰でもなんでも受けますので……!」
「罰!? あの、本当に大丈夫ですから! 頭を上げてくださいっ」
「ですがっ!」
頑固なオリバーさんとの押し問答は数分続き、結局デコピンを一回することで決着がついた。
額がほんの少し赤くなった彼と共に朝食を摂りに行くと、ディエゴさんがこちらに気付いて駆け寄ってくる。
「グレースちゃん、おはよー!」
「おはようございます」
「……私はご飯を取ってきますね。どこか、座っていてくだ、っ!」
「オリバーさん! 大丈夫ですか!」
動き出したと同時に食堂と称されているテントの支柱にぶつかった。結構いい音がしたから大丈夫かと近寄ると、オリバーさんは明らかにわたしを避けるように後ずさった。目が合うとその瞳が泳いだ後、「大丈夫です、」と口早に言って食事を取りに行ってしまった。
「……行ってしまった。しっかり歩いているし、大丈夫なんでしょうけど……」
「なーんか、先輩らしくないなぁ」
「らしくない、ですか?」
「先輩って、何にも動じないし感情の起伏もあまりない人なんだけど、グレースちゃんの護衛してからなんか変わったような……?」
「感情の起伏がない……?」
そんなに言われるほど、これまでのオリバーさんを思い返してみても感情が表に出てないとは思えなかった。ファミリーネームが女性っぽいから呼ばれるのは嫌だとか、攻撃を受けた時のあの心配ぶりとか。それに、さっき着替えを見てしまった時のオリバーさんは、誰から見ても感情があらわだった。
「……っ」
「グレースちゃん?」
「朝食、お持ちしました。……ディエゴ、ベネットさんに何をしている」
「え! 俺、何もしてないっすよ!」
「ディエゴさんは何も、あの、」
下着姿を見られたことは気にしていないと確かに言った。けれど、ふと思い出して無性に恥ずかしくなって、身悶えているところにオリバーさんが帰ってきた。あらぬ疑いをかけられるディエゴさんをかばうようにオリバーさんの方を見る。羞恥心がまだ残った状態だったから、思わず顔に熱が集中する。それに気付いたオリバーさんもほんのりと顔を朱に染める。傍から見ると、おかしな二人だったのだろう。ディエゴさんがニヤニヤした表情でわたしたちを交互に見る。
「えーなになにー? ふたり何があったのー?」
「いや、別に……」
「別にって空気感じゃないっすよ。ね、グレースちゃん?」
「へっ? あ、いや、な、何もないです……、」
「……絶対あったでしょ。俺もグレースちゃんといちゃいちゃしたいー!」
「いちゃ……!? そ、そんなことはしてません!」
「そんなこと、は、ねぇ……」
絶対に何かを誤解している様子のディエゴさんは笑顔のままどこかへと行ってしまった。残されたわたしとオリバーさんの間に気まずい空気が流れる。
「あ、あの! ご飯、食べませんか……?」
「……そう、ですね。こちらがベネットさんのです」
「ありがとうございます!」
オリバーさんから朝食が入ったプレートを受け取る。いつもより味がちゃんと分からなかったのは気のせいだろうか。
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