第27話 約束

 1日経っても戦況は変わらなかった。

 いつ元のテントに戻るかは決まっていなかったから、偵察部隊からの報告がないとわたしとオリバーさん、もちろん隊員たちも動けなかった。すぐに報告が来ないということは、敵軍の狙いが何か決めあぐねているということでもある。戦場がどうしようもない焦燥感に苛まれているのが分かる。


「はぁ……、」

「グレースさん、大丈夫ですか」

「は、はい。何もできないと、なんかもどかしいですね……」

「そうですね……。血の気が多い隊員もいるので、早くどちらかに転ばないと敵陣に突っ込みかねないですしね」

「はは、たしかに」


 もしここにケイレブくんがいたら真っ先に切り込み隊長をしていただろう。そんなことを考えていた時だった。


「なんだ、あれ。……! 総員、退避! 土壁から離れろ!!」

「え、」


 交代で監視役をしていた隊員が大声で叫んだと同時に、轟音が鳴り響く。その瞬間、身体が何かに引っ張られて地面へと倒れ込む。一体何が起こったのか。


「おい! 大丈夫か! 怪我人隔離用の土壁急げ! 動ける者は迎撃用意!」

「いったぁ……、土壁が、壊れた? どうして……、」

「あいつら、静かにしてると思ったら、究極魔法の準備してやがったのか! くそっ!」


 隊員の声は聞こえるが、辺りを見回そうにも土煙でなにも見えない。究極魔法? たしかヒューゴくんから聞いたような……。大勢の人の魔力を合わせる、とか。

 焼け焦げた臭いがするから、おそらく炎魔法が放たれたのだろう。土壁のおかげでなんとか直撃は防げたものの、崩れた土壁によって怪我をしたらしい声も聞こえる。わたしは……、どこも痛くない……? というか、地面にしては柔らかいような……。


「大丈夫ですか!!」

「え、あ、オリバーさん!?」


 やけに柔らかいと思ったら、オリバーさんがわたしを抱き締めて下敷きになっていた。魔法が放たれた時に引っ張ったのは彼だったのか。


「怪我は!? どこか痛いところはないですか!?」

「あ、あの、どこも怪我してないかと……、」

「……そのようですね。よかった……!」

「っ!」


 オリバーさんの整った顔がすさまじい形相になって、わたしの身体に怪我がないか隅々まで確かめられた後、再度彼の腕の中に収まる。その軍人らしい逞しい身体つきに、ここは戦場で今し方攻撃を受けたことも忘れたかのように、思わず心臓がドキドキする。


「本当に、よかった……っ!」

「あの、オリバーさん……、その、そろそろ離してもらっても……」

「っ! す、すみません……! 無事を確認したらつい、」


 無意識下の咄嗟の行動だったのだろう。抱き締めていることにようやく気付いたオリバーさんは、慌ててわたしに回していた腕を離した。けれど、ぴったりと横について絶対に傍を離れることはなかった。


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 こちらの迎撃が上手くいったようで、なんとか被害は少なくすんだようだ。しかし、不意打ちの究極魔法とやらで、軽傷者は多数出てしまった。迎撃で魔力を使った人たちに供給をしてから、より怪我がひどい隊員と共に元のテントへと戻ることになった。

 一足先にテントへと着いていた偵察部隊から報告を受けていたヴァルクスさんが、戻ってきたわたしの顔を見て駆け寄ってくる。


「いやぁ、災難だったな! まさかこんな局面でヴィリヤックが究極魔法を使うとはな……。予想もしてなかったよ!」

「そう、ですか……」

「君を最前線に送ったのは軽率だったかもしれんが、怪我もなかったし問題もないだろ。何より、君の供給がなければ彼らも魔法を使えんかったかもしれんからな! ははは!」

「……、」


 ヴァルクスさんの言っていることは理解できる。最前線に行って供給をしたからこそ、被害がここまでに抑えられたんだと思う。ただ、それを問題がなかったと笑い飛ばされるわたしの気持ちは考えてほしかった。軍人で死が身近にあるからこその思考なのかもしれないけど。


「……上官」

「あ?」

「ベネットさんは1日休養させるべきです。究極魔法を使った後なら、敵軍もそうすぐには動いてこないでしょうし」

「まあ、いいだろう。明後日からまた働いてもらうからな」

「了解。……行きましょう、ベネットさん」

「っは、はい……」


 すたすたとわたしのテントの方へと歩いて行くオリバーさん。心なしか歩くスピードが元に戻っているような。


「あ、あの、オリバーさんっ」

「! ……すみません、早かったですね」

「いえ、……あの、何か怒っていますか?」

「……先ほどは、上官が無礼を……申し訳ありません」

「え、」


 そんな言葉が返ってくるとは思っていなかった。


「貴女を最前線に送ると言った時に全力で止めるべきでした。ですが、私は軍人です。命令に背くことはできません。……しかし、上官があんなふうに貴女のことを、貴女の命を軽視しているとは思っていませんでした」

「オリバーさん、」

「あの瞬間、怒りでどうにかなりそうでした。まるでベネットさんが死んでもしかたないかのように……。今思い出しても頭に血が上りそうです」


 オリバーさんは怒りをあらわにする。

 こんなにわたしのことを考えてくれているとは思ってもみなかった。命令だから護衛すると言っていた初日がまるで別人のようだ。


「……わたしは大丈夫ですから。ヴァルクスさんの言う通り、怪我もなかったことですし……、」

「っそれでも! ……命を大事にしろ、と言ったのは貴女ですよ」

「それは、」

「私も命に代えてとはもう言いませんから、貴女も生きて無事に帰ることを約束してください」


 テントの前で膝をついてわたしの左手の甲を額につける彼の行動は、まるで永遠の契りのようだった。

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