第22話 前線到着
「こちらへ乗ってください。ああ、荷物はこちらの馬車に乗せましょう」
出発の日。軍が馬車で家まで迎えに来てくれた。2台も必要なほど荷物を持っていく予定はないけど……と思っていたら、護衛の方々が乗る馬車らしい。道中で戦争が起きるようなことはないが、賊などもしものためだと言う。同じ馬車内にひとりと後ろの馬車に数人。改めて自分がそれほど貴重な人材であることを思い知った。
到着までは早馬らしく2日かからないほど。宿屋で休む時間はないから、道中のご飯などのお世話も彼らがやってくれることとなった。周囲の安全は確認済みだが一応馬車内で待っていてほしいとのことで、言われた通りに待機していたら、外からご飯の用意をしている護衛の人の声が聞こえてきた。
「……まじで女なのに魔力があるじゃん。どういう理屈だよ」
「でも魔法使えるわけではないんだろ? 魔力の供給ができるとは言え、戦場にそんな弱点になり得るのいらないだろ」
「家でおとなしく子ども産んで育てておいてくれよ。もちろん男子をな」
「はは、言い過ぎだっての」
ここに来るまで同じ馬車で護衛していた人が異様にじろじろと見ていたのに合点がいった。どうして魔力があるのか、どうして供給できるのか。それはわたしが一番知りたい。魔力があるのに魔法が使えないのはどうしてか。……わたしだって使えるものなら使いたい。魔法がすべてのこの世界において、魔力を持たない女性は存在意義がないと言われているようなものだ。学園ではみんな優しくて供給を有難がってくれてる人もいるから、世間的な女性の評価をつい忘れていた。それでも、わたしは魔力があるし魔力を供給できる。周りがどう思っていようと、わたしにできることをやっていくだけ。そう自分を奮い立たせた。
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「着きましたよ」
馬車の揺れでうつらうつらとしていた意識はその言葉によってはっきりと覚醒した。馬車から降り、辺りを見回す。軍のテントがたくさん並んでいて、自然と身が引き締まる。
「やあやあ、ようこそ、グレース・ベネットさん! 私はこの戦場で指揮官を任されている、ストラウム・ヴァルクスだ。よろしく頼む」
「は、はい! お願いします!」
一際大きいテントから出てきたのは指揮官だという男性だった。思っていたよりも歓迎されているようでよかった。
「いやぁ、君が来てくれたら百人力だ! これで魔力切れを起こすこともなくなる!」
「魔法は使えないのでご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくお願いします」
「そうだ、ここでの護衛は彼に任せてあるから自由に使ってくれ。おい! ジャスリン!」
そうヴァルクスさんが呼んで前に出てきたのは、背の高い精悍な顔つきをした人だった。
「初めまして、オリバー・ジャスリンです。命に代えても貴女を護衛致します」
「、命は大切にしてください」
「そういう命令ですから」
「それでも、ジャスリンさんが危なくなったら自分の身を第一にしてください」
「軍人は命令に背けませんので」
「あはっ、先輩、相変わらず頑固っすねー!」
ヴァルクスさんの後ろから明るい茶髪の男性がひょこっと顔を出しながら言った。
「えっと……、」
「俺はディエゴ・モデスパロ! 気軽にディエゴって呼んで! グレースちゃんだっけ? 俺とも仲良くしてねー!」
そう言ってディエゴさんはわたしの目の前まで来て、手を取り上下にぶんぶんと振った。独特な挨拶だけど、彼がとてもフレンドリーなことは分かる。
「モデスパロはこう見えても、うちのエースでな! 一番供給を受けることになるだろうし、今からいろいろな意味で仲良くなってもいいかもな」
ヴァルクスさんはニヤニヤと下卑た笑いを浮かべながら言った。
いろいろな意味で仲良く、か。ヴァルクスさんが考えていることとわたしが今推測したことが合致していてほしくない。
「ジャスリン! 案内してやれ!」
「はい。……ベネットさん、こちらです」
「あ、はい!」
すたすたと歩いて行くジャスリンさんの大きな背中に、置いていかれないようにとわたしも早足でついていった。
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「……こちらが、居住用テントです。任務中以外はここを利用してください。テントの形状はどれも同じなので、表に書かれた名前やマークなどを確認してから入ってください」
「は、はい」
「間違えて隊員が入ってくることもあるかもしれませんが、ご容赦ください。荷物を置いたら医療用テントの方を案内します」
もし着替え中に入ってきたら……。さらっとすごいことを言われた気がしたけど、そのくらい戦場では日常茶飯事ということなのだろう。極限まで少なくした荷物を急いでテントの中に置いて、目的地へとさっさと行く彼のあとを見失わないように追いかける。
「ここが医療テントです。野戦病院として使われてますが、ベネットさんにはここにいてもらってここで供給を行ってもらいます。それから、軽い傷くらいなら手当てできるとのことですが……」
「専門的な知識があるわけではないんですが、生徒たちの手当てを学園で多少ですけどやってたので、なんとか……」
「そうですか。なにかあれば医療テントにいる隊員に指示を仰いでください。無理なら無理で構いませんから」
「はい。分かりました」
「それ以外の用事があれば、私は任務中はテントの外でずっと護衛しているので。では次の場所は……」
一通り生活に必要な場所を案内してもらった。ここでどのくらい過ごすことになるのだろうか。できる限り早く戻れるように、供給の任務、頑張ろう。今日はもう休んでいい、とのことでテントに戻って簡易ベッドに身を投げる。
今はお互いに作戦を練っているタイミングなのか、戦場は思ったよりも静かだった。
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