第23話 オリバー・ジャスリンという人物

「ベネットさん、おはようございます」

「! おはようございます」


 目を覚まし身支度を済ませテントから出ると、外には既にジャスリンさんがいた。テントの外に人の気配はずっとあったけど、まさか彼が出てすぐのところにいるとは思っていなかったので、少し驚いた。


「朝食はこちらです。行きましょう」

「は、はい。ぁ……」


 昨日の案内の時も思ったが、ジャスリンさんはとても歩くのが早い。身長もあるので一歩一歩も大きく、小走りをしてついていくのがやっとだ。戦場ではきびきびと動かなければならないのは他の隊員の歩くスピードを見て分かるが、少しだけ、もう少しだけゆっくり歩いてほしい。護衛してもらっている手前、あまりわがままを言うべきではないかなと思い、小走りで彼の背中を追う。


「今日はまだ戦況が動きそうにない、とのことだったので、特に仕事はないのですが、数名の隊員たちから貴女の供給を受けたいと要望がでています。任務ではないので断っても……」

「たしか、日常生活をしているだけでも、魔力が流れていってしまうんですよね。それほど魔力が減っていないとしても、供給を受けたい人がいるのなら喜んでお引き受けします!」

「……分かりました。朝食後、少し休憩してから隊員を呼びます」

「よろしくお願いします!」


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「……これが、魔力……!?」

「全員面白いくらいに同じリアクションしてるじゃん! 次、俺ー!」

「こら、ディエゴ。ちゃんと順番守れよ」

「えー! エースは優遇してよー」

「……ふふ、遅くなってもなくならないので大丈夫ですよ」


 ジャスリンさんの話では数名だったはずが、気が付いたらここにいる戦闘員のほとんどが医療テントに集まっていた。みんな魔法を使っていないからひとりひとりに供給する量は少ないものの、これだけ多いとさすがに少し疲れてきた。けれど、わたしの役目がこれならしっかり果たさなきゃ!


「……一旦、終了だ。1時間後に再開する」

「へっ? ど、どうしてですか、ジャスリンさんっ」

「どうしても、です」

「え、いや、でも……!」

「どう言われても、一旦終了です。ベネットさんのテントまで送ります」

「っ!」


 ジャスリンさんは整った顔をしているが、そのせいでほんの少し睨みを利かせるだけでとても凄みがあり有無を言わせない雰囲気にされてしまう。わたしも逆らえず供給をしたい気持ちを抑え、一時休憩を取りに行く。


「……すみません」

「え、」

「貴女の顔色から少し疲れが見えたので、強引に中断させました。あれだけの人数、学園では慣れているかもしれませんが、戦場にいるのは粗野な者ばかりなので、余計な気を遣ったのでしょう」

「……、」


 気を遣っているつもりはなかったけど、たしかに疲れていた。それでも、顔には出ていないと思っていた。現に、他の隊員が気付いている素振りはなかった。なのにどうしてジャスリンさんだけ……。


「……ジャスリンさん、」

「それと、」

「は、はい」

「その、ジャスリンと呼ぶの、やめてもらえませんか?」

「え? 間違っては……いませんよね。ファミリーネームでは……」

「名前は間違ってないです。ただ……」


 ジャスリンさんは言い淀む。家族にいい思い出がない、とかだったら理由を聞いてしまって悪いことをしたなぁと思っていたら、「ただ、」と言葉を続けた。


「ジャスリンって……なんか、女性っぽくて嫌なんですよ……」

「へっ?」

「上官に呼ばれるのは仕方ないと割り切ってますが、他の人にはできるだけ呼ばせないようにしています」

「女性っぽい……たしかに……。ふふ、」

「笑わないでください」


 どんな理由があるのかと思えば、「女性っぽい」とは……。そっぽを向いて少し拗ねたように言う彼に笑みがこぼれる。つい最近ちょうど真反対の同じ悩みを聞いたところで、その人物が頭を過り、目の前の彼と重なりそのギャップに耐えようと思ったが、さらに表情が緩む。


「……笑わないで、と言っているでしょう」

「ふふ、す、すみません。オ、オリバーさん、ですね。……ふふ」

「そんなに面白いですか」

「い、いえ! すみません……。その、学園の生徒に似たような悩みを持っていた子がいて……」


 頑固な人で接しにくいと思っていたけど、意外な一面を見られたことでオリバーさんに対する認識が変わった。休憩中にテントで他愛ない会話が出来たのが何よりの証拠だ。

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