第9.5話 獣の皮を被った寂しがり屋の人間

 ――十数年前。


「ヒューゴは、まだ小さいのにこんな難しい本を読んで偉いなぁ! 内容は分からないのかもしれないけど」

「? このほん、ふたつのせいしつのまほうをあわせたら、どんなまほうができるか、かいてあるよ?」

「内容を理解してるのね! さすが私たちの子どもよ!」

「かんたんだったよ」



「父さん、聞いて! あのね、昨日読んだ文献に……!」

「……悪い、ヒューゴ。父さん疲れてるんだ。また今度にしてくれるか?」

「……うん、分かった」


「お母さん、この本はね、遠い海外の魔法の特殊な使い方が書いてあって……」

「ヒューゴ、もう何回もその話は聞いたから……」

「え、これはこの前の国とは別で、」

「……お母さんには全部一緒に聞こえるのよ。ごめんね、理解できなくて」

「……お母さんは悪くないよ」



 ――数年前。


「! その本!」

「? ああ、これ? 面白そうだから学園の図書室で借りてみたんだけど、さっぱり分からなくて適当に読んでるだけだよ。……ヒューゴ君は分かったの?」

「うん! その本はなんで魔法が男性だけなのかを考察していて、面白いのが158ページのところで……」

「え、ページ数まで覚えてるの?」

「う、うん。今まで読んできた本の内容はだいたい覚えてるけど……」

「この本だけじゃなくて、今までの本!? なんかすごすぎてちょっと引くわ」

「……ごめん、」



「なあセルヴァン、前回の試験、たしか1位だったよな? この問、分からなくて……。教えてもらってもいいか?」

「ここは教本に載ってる基礎知識のところだけど。それよりもこっちの問題はよく考えてあって、前に僕が読んだ文献に書いてあった事例を参考にしてあって……」

「……あー、悪い。教本に載ってるなら、教本見るわ。ありがとな」

「……そうか」



「セルヴァンって頭もいいし魔力の量もすげえけど、あの知識ひけらかすのだけはやめてほしいよな」

「俺らがまるで馬鹿って言われてるみたいだよな。まあ実際、あいつから見たら馬鹿だろうけどさ」


 そんなつもりはなかった。

 知識をひけらかしているように思われたのならしかたがないけど、微塵もそんなふうに思ったことはない。自分が知っている情報を周りと共有して何が悪いのだろうか。


「父さん、試験、また1位だった」

「ヒューゴなら当たり前だろ。いちいち言ってこなくていい」

「そうよ。私たちも読めないような本をあんなに読んで、それで1位じゃなかったら今までその話を聞かされてきた私たちが報われないわ」

「……ごめんなさい」



「セルヴァン、先生の授業を毎回休んでいるのはどうしてだ?」

「……退屈だからです。すべて教本に載っている内容ですし、僕の方が上手に説明できる自信があります」

「貴様……!」

「……っ」



「教室での魔法使用は禁止なのに、どうして僕がこんな……」

「セルヴァン君、またいざこざを起こしたそうじゃな。おお、少し傷ができとるのぅ。治療するぞ」

「理事長、」

「ほっほっ、今日はどんな文献の話が聞けるかの」

「! 今日はですね……!」


 理事長は数少ない、どころか唯一僕の話を理解してくれる人だった。僕が読んだことがないだろう文献を持ってきてくれたり、時々一緒に授業をサボったりもしてくれた。

 両親も、同級生も、先生も、誰も僕を分かってくれなかった。世界はこんなに多くの知識で溢れているのに、それを知ろうとしないどころか話を面倒だと思っているのはもったいない。

 ……でも、僕が周りに強要してるんじゃないか、ということも分かっていた。だから、僕は理事長以外の周りの人とは距離を置いた。わざと嫌われるような言動もした。両親とも、必要最低限の会話だけをするようになった。理事長が言うから退屈な話しかしない先生の授業も出るようになった。

 僕は僕を理解してくれる人だけに口を、心を開くことにした。


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「……さっきの、」

「え」

「ウィックニー諸島でしたっけ、たしかすごく小さな島国で独自の言語がありましたよね。読むのも大変だったんじゃないんですか? 共通言語に訳されてたかもしれませんが……」

「!」


 唯一だと思っていた理解者はもう一人いた。

 女性なのに魔力がある、グレース先生。理事長から聞いた時から、早く先生と話してみたかったけど今までと同じように嫌がられたら、そう思って供給室とやらにも行かなかった。だけど、僕の知識が必要だと理事長が言うから、従ってみた。ウザいと思われたらその時はその時だ。貴重な資料が目の前からいなくなるのは残念だけど。

 でも、違った。グレース先生は僕のことを必要としてくれた。

 心が開く音が聞こえた気がした。

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