第10話 急患!急患です!
「先生、遊びに来たでー」
「カナタくん! 初めて来た時以来ですね!」
「いろいろ忙しかってなかなか来れへんかったんです。いやぁ、それにしても大盛況ですね」
供給を受けに来た生徒でたくさんの室内を見回して嬉しそうに言う。それほど魔力の量が多くない生徒は昼休みに、残りの生徒は放課後に、ここに来るケースが多い。すべてはカナタくんのおかげだ。何をしたかは全く分からないけど。そうだ。供給をしながらにはなるけれど、今、聞こうかな。
「んっ……そう言えば、初めて来てくれたあの後、カナタくんは何をしたんですか? 家系が関係あると言ってましたが」
「うーん、教えてもいいですけど、先生はとてつもなくおっきい秘密を抱えることになりますけど、いいですか?」
「秘密、ですか? 口は堅い方だと思います」
「ほんなら、耳、いいですか?」
「は、はい!」
「実は……」
「先生! 急患です!」
カナタくんの言う通り耳を近付けたと同時に供給室のドアが勢いよく開いた。急患と叫んだ生徒の後ろにはぐったりとした生徒が背負われていた。
ここに勤めてから初めての急患で、少し狼狽えたものの傍にいたカナタくんがベッドへと誘導してくれた。しっかりしなきゃ。
「っどういう状況ですか?」
「さっき教室で倒れて……。多分、魔力が少なくなってるんだと思います。同じクラスなんですけど、今日、実習多かったうえに、こいつ、暴れていつもより魔法放ってたから……」
「せやな、いつものケイレブくんにしては、魔力少なすぎる」
「カナタくん、お知り合いですか?」
「情報として、全生徒知っておくのは当たり前やん?」
「そ、そうですか……。では、供給すれば、体調不良も改善するはずですね」
「……めろ」
「へっ?」
「いら、ねぇ……、ませ、で、いい……」
急患――ケイレブくんはぐったりしていたものの気は失ってなかったようで、突然声が聞こえたことに驚いて素っ頓狂な返事をしてしまった。魔石でも魔力の補給はできる。でも、こんなになるまで補給しなかったのはどうしてだろう。
「ケイレブくん、きみ、魔石酔いひどいやんな? せやから、多量に魔力使っても補給せんかったんやろ?」
「……でも、いい……はやく」
「わたしからの供給は嫌、ということですか?」
「あた、まえ……っ」
苦しそうな表情の中にはっきりと嫌悪感が表れていて、キッと睨み付けられる。今までこういう所謂不良という部類の人たちと関わったことがなく、思わず怯んでしまう。だけど、このとても辛いだろう状態をそのまま放っておくなんてできるわけがない。
「……強制は、わたしも嫌ですが、今回ばかりはやむを得ません。失礼します!」
「っ! やめ、ろっ!」
「いっ!」
わずかな力を振り絞って抵抗するケイレブくんの爪が頬を引っ掻いた。ジクジクとした痛みで出血していることを悟る。
「あん、た、が……わる、い! ませき、も、てっ」
「っ魔石酔いが、激しいんでしょ! 魔力は戻っても、体調不良が続いていたら意味がないです!」
「うる、さ」
「……すみませんが、何人か彼が動かないように手足を押さえてもらませんか?」
「え、」
「……先生、おもろいこと言うやん! おれ、協力しますわ!」
ケイレブくんを運んできた生徒が戸惑うのを横目に、楽しそうに腕をしっかりと押さえる。カナタくんが率先してくれたおかげで他の生徒もおずおずと手足を持つ。それに対しても抵抗するが、もうほとんど余力がないのか、拘束から逃れることはできなさそうだ。
「ケイレブくん、後からいくらでも文句を言ってくれていいので、今はおとなしく供給を受けてください。すみません……んっ」
「っ! んん! ……!?」
魔力切れ寸前だから供給する量が多い。口を合わせて最初の十数秒はなんとか離そうと足掻いていたが、魔力が入っていく毎にケイレブくんの身体から力が抜けていった。
魔石の中にもいい魔石と不純物が多い悪い魔石がある。敏感な彼は今までできるだけいい魔石を選んでいただろうが、そのいい魔石を圧倒的に凌ぐ純度に驚き、そしてその快さに身体と心が安らいでいった。
供給が終わっても動かないままだったケイレブくんに声を掛けると、慌ててベッドから降りようとして足元をふらつかせ、咄嗟に彼を受け止める。
「っ! クソッ!」
「ベッド、今は使う人がいないので、少し横になって休んでから帰ったらどうですか? 供給があるので、うるさいかもしれませんが……」
「あんたの指図は受けねぇ」
「指図、ではないんですけどね……」
「あんたと一緒の空気吸いたくねぇ」
「そうですか……。でも、この状態では帰るのは大変ではないですか?」
「……教室で休む」
「それならここでもいいのでは、」
「うるせぇ!」
覚束ない足取りで、それでも急いで供給室から出て行った。大きな音でドアを閉めて。
ひとつの大仕事を終えたことに息を吐きながら自分の椅子にゆっくりと座る。なんとかやり遂げた。普段と変わらない動きが出来るまでしっかりとここで休んでもらって初めて本当にやり遂げたと言えるのだろうが、ケイレブくんの態度を見る限りそれは叶いそうになかった。運ばれて来た時より顔色もかなり良くなっていたし、受け答えもきちんと出来ていた。
大丈夫だと思うけど、心配だなぁ……。
「先生?」
「! カナタくん! 先程はありがとうございました。とても助かりました」
「構いませんよ。先生のおもろい一面も見れたことやし」
「面白い……?」
「なんや消極的な人や思ってたけど、あんな半ばキレることもあるんやなぁ、と」
「キレ!? 怒ってませんよ! ただ彼を助けようと……」
「またまたぁ。……っと、もうこんな時間やん! すんません、今日は一足お先に!」
「はい、今日は本当にありがとうございました!」
カナタくんはひらひらと手を振りながら供給室を後にする。
途中になっていた供給を再開し、全ての作業が終わる頃には空にほんのりと紺が混じり始めていた。業務がここまでかかったのは初めてだ。今日はよく眠れそうだ。
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