第2話 供給方法はキス
魔力がある。
そう言われて俄かには信じ難かったけど、自分が誰かの役に立てるんだ、この人生にも意味があったんだ、とかすかな喜びを胸に理事長さんに着いていった。
それが間違いじゃなかったと分かるのはまだ先の話――。
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「すごい発見ですよ、これは」
「……わしも驚いておる」
女性が魔力を持っている時点で理外なのに、グレースの身体からは魔力が無尽蔵に生み出されていることが分かった。魔力の量が人一倍ある男性は存在するが、あくまで人体は魔力を収納しておく容器のようなもの。魔力を自ら生み出す人間なんてこれまで読んだどの文献にもなかった。
また、彼女に触れた検査を担当した職員が口をそろえて「魔力が回復した気がする」と言った。
この世界には回復魔法を扱える者はかなり少ないが、いる。しかし、回復魔法は人体の傷を回復させる、言ってしまえば魔法で出来る医療行為である。魔力を回復させることはできない。
つまり、グレース自身が魔石であり、彼女ひとりで少なくとも学園内の魔力は補える。
「あの、わたし役に立ちますか……?」
「役に立つどころの話じゃないわい! どうして今まで見つかっていなかったのか、不思議なくらいじゃ!」
「わ、わ!」
理事長さんに肩を掴まれて前後に揺さぶられる。脳味噌がぐわんぐわんとする感覚によって、夢ではないことを改めて認識する。
わたしに魔力があるんだ……。
「して、グレースさん。この魔法学園で魔石のような役割、魔力を供給する職員として働いてくれんか?」
「働く……」
「無論、給与は働き以上に支払う。貴女が望むものは用意できるものに限られるが、必ず用意すると誓おう」
「そ、そこまでしてくれなくても……」
「人から人へ魔力を供給する、前代未聞の行為じゃ。身体になにか異変が起きる可能性もあるじゃろう。それ相応の対価を支払うべきとわしは考えるが」
真剣な眼差しに冗談で言ったわけではないことが分かる。
確かに無尽蔵に生み出されるとは言っても、人にたくさんあげてたら少なくなっていって死ぬ、なんてことがあってもおかしくない。魔力が少なくなって倒れる、なんて話を何度も聞いたことがある。死に至った事例はまだないはずだけど……。何が起こるか分からないのは間違いない。
「今すぐに欲しい物……はないですけど、働かせてください!」
「おお! 助かる、とても助かる!」
大きな熊みたいな理事長さんに抱きしめられて照れくささと安心感とが身体を満たす。
理事長――アイザック・ハーヴィッドさんは、まだ検査や実験をしたいことがあるらしい。魔力を供給する以上、一番効率のいい方法を知りたいそうだ。補給までに時間がかかったり余計な手順がない方が便利だもんね。
魔力を意図的に減らした職員に様々な方法で供給していく。魔石からの補給と同じように手を繋いだり、相手の心臓付近に触れてみたり、ちょっと恥ずかしい方法も試してみたり……。
学園に訪れた時はお昼頃だったけど、気付けば外は暗くなり始めていた。
たくさんの供給方法を試行して、今は比較している途中。
わたしは専門的なことはなにも分からないから、アイザックさんが出会った菓子店で買ったお菓子を食べながら結果待ちの休憩中。
いろいろなやり方で補給したけど、気持ち的に辛いのより体力的に厳しいのに決まったら嫌だなぁ、なんて考えていたら、検査を記録していた職員さんが紙束を持って理事長室にやってきた。
あの紙に結果があるのね……。
「ふむ、ふむ……」
「……、」
思わず唾を飲み込む。
「……グレースさん、結果が出たようじゃ」
「は、はい!」
「最適な供給法は……
経口投与、つまり、口からの摂取じゃ」
「~~~っ!」
口から、ということは、キスに決まったのね……。
体力的にはなんの問題はないけど、検査ですら結構恥ずかしかったのに、生徒相手にできるかな……。
不安な顔をしていたのを察してか、アイザックさんが気に掛けてくれる。
「効率がいいってだけで、別の方法でも可能じゃから、無理なら遠慮なく――」
「! 無理じゃないです! ただ、少し、キス、という行為に慣れてないので、恥ずかしくて……」
「年頃のお嬢さんには余計に重荷になってしまうのう。すまんのう……」
「そんな……! アイザックさんは何も悪くないですから!」
恥ずかしいという感情だけで、アイザックさんにこんなに申し訳なさそうな顔をさせてしまって自分が情けなくなる。キスをするというより、人工呼吸と考えれば恥ずかしさも減る気がする。実際、この行為は魔力を供給するという意味しか持たないのだから。
人の役に立ちたいから、って言っておいて些細な理由で躓くわけにはいかない。
「一番効率のいい、経口投与でやっていきます!」
「負担も増えるじゃろうから、給与は弾ませてもらうぞ!」
「わざわざありがとうございます。それで、いつから勤務になるのでしょうか?」
「そうじゃのう……いろいろ準備もあるじゃろうから……」
アイザックさんがカレンダーに目を遣りながら書類をいろいろ用意していく。もう5月だ。年度初めには間に合わなかったけど、何を始めるのにも遅いなんてことはない。
これはわたしにしか出来ないこと。わたしの物語はここから始まるんだ。
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