第3話 はじめてのきょうきゅう 前編

 勤務初日――の前日。

 アイザックさんの提案で事前に生徒相手の供給を試させてもらえることになった。

 勤務開始の直前になってしまったのは、さまざまな手続きがあったのは言わずもがな、初めて会ったあの日から今日までそれほど期間がなかったのも理由のひとつ。


 わたしの仕事は魔力を供給すること以外にも、訓練でついた軽い傷などの治療も含まれている。そのため届いたばかりのこの治療用品を棚にしまわなければならない。学園の隅に新しく設置された供給室で生徒を待つ間に、片付けを進めていく。

 魔力を減らしてから来るって言ってたし、もう少しかかるかな。

 なんて考えながら最後のひとつをしまい終えたちょうどその時、部屋の扉がガラリと開く。

 自分で発していた音だけが聞こえていたせいか肩が少し跳ねた。


「、あの」


 入口に立っていたのは所謂イケメンと呼ばれる部類の生徒だった。爽やかな風貌をした男子がなんの返答もないわたしを怪訝そうに見つめる。


「っごめんなさい! 理事長に言われて来てくれた生徒さんですよね?」

「そうですが……」

「こちらへどうぞ、座ってください」


 背もたれがない椅子に座ってもらい、その向かいにわたしが腰かける。

 この子と今からキス――もとい魔力供給を行うのかと思うと、緊張で変な汗が背筋を伝っている気がする。

 二人の間に沈黙が流れる。長いとも短いともとれるそれを破ったのは男子生徒の方だった。


「……名前、」

「っへ?」


 彼の口が開いたこと、それに発された言葉があまりにも想定外で素っ頓狂な声が出てしまった。さっきから恥ずかしいところばかりを見せているような。


「先生、で合ってますよね。先生のお名前は?」

「あ、えっと、名前ですか、? グレース・ベネットと申します」

「グレース先生……いいお名前ですね」

「ありがとう、ございます……」

「俺は、レオポルドと言います。レオポルド・カースタイン。友人からはよくレオって呼ばれてます」

「レオくん、ですね」

「はい」


 名前を呼ぶとにっこりと笑う彼を見てドキリとする。爽やかな好青年の笑顔は何人もオトしてしまいそうな……って、いくら先生になったばかりとは言え、生徒相手に何考えてるんだか。

 自分に呆れながらこれから行う魔力供給について説明をしていく。


「理事長はなんておっしゃってましたか?」

「魔力を与えてくれる人がいるとしか……。俄かには信じがたいですけど」

「わたしもつい先日までは全く知らなかったので、信じられないのも無理はないですね」

「先生は魔力をお持ちなんですか?」

「持っている、というか、生み出されているのではないかと職員の方はおっしゃっていました。わたしのような前例がどの文献にもないため、憶測ではありますが、と」

「生み出されている……」


 レオくんは顎に手を当てて深く考える素振りを見せる。女性から魔力の反応がある時点で十分普通じゃないのに、生み出されているなんて言われたら混乱するに決まっている。

 ましてや、これからその魔力を供給するなんて、騙されているのではないかと疑ってしまうほどだろう。


「すみません……」

「? どうして謝られるんですか?」

「信用できる要素がほとんどないのに、こんなことに付き合っていただいて申し訳ないと思いまして……」

「ああ! すみません、疑っているというわけではないんです。なんというか、今までの経験則からはあり得ないことなので、どういう仕組みなのか、とかいろいろ考えてしまっただけです」

「そうですか……! よかったぁ」


 先ほどまでの緊張が少し解けたようで頬が軽く緩む。まだ供給はこれからなのに。

 レオくんを纏う空気も柔らかくなったような気がする。顔はなぜか強張っているような……。気のせいかな。


「それで、早速魔力の供給を行いたいんですけど、その……」

「?」

「あのですね……供給の方法が少し特殊と言いますか、えっと……」

「痛みを伴うとか意識を失くさなければできないとか、ですか?」

「いえ! そんな供給される側が不利益を被るような方法ではないんですけど……」


 いや、ある意味では不利益になるかもしれない。こんな良い方に言って普通の、しかもよく知らない人からのキスなんて、学園に通うような思春期の生徒にとっては不利益になる、と思う。一応他の方法でも出来るけれど、理事長に誓った手前すぐ破るのは……。

 逡巡するわたしにレオくんが声をかけてきた。


「痛かったり死ぬようなことがなければ、俺はなんでも構いませんよ」

「……そう、ですか……あの、……ス、なんですけど……」

「え?」

「キス、なんですけど……」

「……え?」

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