歌に夢を

「~~~♪」


 入ってすぐ聞こえてきたのは、いつも大好きだと言っていたバンドの名曲。悠翔の歌を久しく聞いていなかったが、中学の時からものすごく上達していた。


「凄い上手……」

「うん……こんなに上達してたなんて……」


 悠翔には、やはり歌の才能があった。スマホのカメラを向けて、撮影してる生徒もいるほどには評価されているようだった。



「まずは一曲目、聞いていただきありがとうございました」


 たくさんの拍手と歓声が上がる


「続いて二曲目、とある親友との思い出の曲です」


 そう言って歌いだしたのは、幼い頃から二人で歌っていた曲だった。その曲がきっかけでギターをやりたいと言い出し、一緒に歌うために一生懸命に練習した。


「……ギター……ギター?」


 その瞬間、ふと脳裏に忘れていたものが蘇った。ギタリストになりたかったあのころの夢、自分定義プログラムを受けて以来すっかり忘れていたこの感情。歌う姿がかっこよくて、追いかけたいと思った憧れの親友の事、自分もかっこよくなりたいと、追いかけたいと思って始めたギターの事。


「……すっかり忘れてたな」

「……昔の夢、思い出しました?」


 隣にいたありすから、そう声がかかった。


「実は……聞いてたんです。三浦君からギタリストになりたかった事」

「そう……だったんだ」


 あまり口にしたことは無かったが、やっぱりバレていたのだろう。昔は勉強をさっさと終わらせてはギターをしていた時期もあった。


「でも、自分定義プログラムを受けてから、ギターの話はしなくなったって」

「……」


 勉強ばかりしていたし、そもそも今の今までギターの存在すら忘れかけていた。


「三浦君、凄く後悔してたんです。俺がプログラムを受けたからだって」

「そんなことはないよ、ただ……」


 自分も、保証が欲しかった。将来はギタリストになれるという保証が、それだけなのだ。


「……私、自分定義プログラムは受けてないんです。なのでどんな心境なのかはわかりません……でも」


 つないだ手に力がこもった。少し痛いくらいにぎゅっと握られた手が、ありすの思いを伝えてくる。


「思い出したのなら、追いかけてみてもいいと思います」

「……」


 二曲目が終わり、また歓声が上がる。深呼吸をして息を整えると、悠翔は話し出した。


「俺は、自分定義プログラムを受けて、ミュージシャンになることを決意しました。それは言ってしまえば才能があるという事なのだと思います」

「悠翔……」

「ですが、夢を追いかけるのに一番大切なものは才能ではなく、気持ちなのではないでしょうか」


 ……ギターの練習をしてもなかなか上達しない時、悠翔はいつも言っていた。大切なのは気持ちだと、上達したいと思う心があれば出来るのだと。


「逃げてしまった俺が言えることではありません、そのせいで親友を傷つけることになったから。だから……この曲を聴いてほしい」


 流れ出した三曲目、聞いたことのない曲だった。


「~~~~♪」



世界の誰もが夢を持ってる

でも誰かの願いしか叶わない

それが神様の仕組んだことならば

神様にだって抗ってみせる


 訴えかけるように、届けと強い願いの込められた歌。自分の中の迷いがどんどん晴れていく感覚になる。


君がもし抗えず俯くのならば

僕が手を差し伸べるから


 ステージで歌う親友と目が合う。こちらに差し出された手、遠い所から延ばされた手。追いつこうとして、捕まえようとして、いつか諦めてしまった手。


君の夢僕の夢重ね合わせ

共に遥かな先へ進もう

いばらの道さえも痛くはない

君となら乗り越えられるはずさ

聖書とか予言とか全部無視して

真っ直ぐにあの空まで、二人翔けていこう


 曲が終わる、親友の想いが込められた歌。いつから用意していたのか、それは空真に向けて作られたオリジナルの歌だった。


「ありがとうございました」


 ステージを降りた親友の元へ駆け寄る。


「想いは伝わったよ、悠翔」

「……そうか」


 自分の中にある将来の夢、事務仕事だったそれは、今は別のものに変わっている。


「なあ、一緒に音楽やらないか?」

「……おせーよ、親友」


 そう言って空真が出した手を、悠翔は強く握った

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自分定義カプセル 輝響 ライト @kikyou_raito

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