六月のサンタ

秋冬遥夏

六月のサンタ

 例えば、学校終わりに回転寿司に行ったり、ドンキホーテで買った安いコスプレでクリスマスを祝ったり、そんなちょっとしたことが恋だった。そしてそんな基本的なことに気づくのは、いつだって別れてからだ。

「わたし、ばかだあ」

「いや、振って正解だよ、あんな男」

 嘆く私を横目に、凛子ちゃんはレモンタルトをつつく。

「だって、なんもしてくれないんでしょ。サプライズもないし、キスもセックスも下手。おまけに誕生日にバイト入れたらしいじゃん、あいつ」

「うん、そうだけどさ」

 違うの、凛子ちゃん。今仲くんに銃口を向けてほしいわけじゃないの。ただ「つらいね」と私に寄り添ってほしいだけなの。

「まあ、しんどいのはわかるけどさ。もっといい人いるはずだよ。ほら、うちら、まだ若いんだし」


 彼との出会いは同じ教室で目があったとか、あわなかったとか、そんなことだった。なんとなく気になって、彼がイヤホンを取る瞬間に、私から話しかけた。

「ねえ、なに聴いてたの」

「え?」

「いつも、なに聴いてるのかなと思って」

 彼は最初こそびっくりしてたが、すぐに笑って好きなバンドについて語ってくれた。

「vanilla2だよ」

「ばにら、つー?」

「そう、vanilla2。めっちゃいいよ」

 調べるとvanilla2はtiktokで最近話題の若手バンドだという。いつもはロックなんて聴かないけれど、彼が好きというだけで興味が湧いた。どんな曲なんだろう。何人グループなんだろう。そんな風に考えているうちに、社会学の講義は終わってしまった。


 帰りの電車ですぐに聴いた。どうやらvanilla2とは、顔をさらさないで活動している覆面アーティストらしい。声から男性であることはわかるが、それ以外は全てが謎に包まれている。キャッチーな音に、語感のいい歌詞。脈絡もないように思えるが、私には理解できない意味がある。そんな風に感じた。そうこうしているうちに、電車は最寄り駅についた。

 たくさんの歌があった。どれもよかった。家に帰ってからも『アプリコットガール』『SWEETS』『ううん、こちらこそ』『OUT10』と4曲くらい聴いて、そのままお風呂に入った。

 スマホから響くお洒落なギターに合わせて、ボディーソープを泡立てる。不完全にエモいお風呂場にApple & Berryの匂い。その泡で全身を包んで、脇腹をなぞったとき。感じた。くすぐったいともまた違う。愛欲からくる深い感情だった。


「ねえ、聴いたよvanilla2」

 次の日、また話しかけた。彼は嬉しそうに目を輝かす。そんな無邪気な笑顔が、眩しくてたまらなかった。私もこの人といたら、眩しくなれるような、そんな気がした。

「え、マジで? ありがとう」

「うん、かっこよかった」

「だよなあ、かっこいいよな」

 もっと感じたものはあった。サビを越えて盛り上がるパートとか、意外にストレートな歌詞とか、どこかレトロなイントロとか、そういったもの全てを「かっこよかった」で片付けてしまう自分の語彙力が情けなかった。

 それでも彼は、話を膨らましてくれる。見た目によらず、おしゃべりな人だった。それを「ギャップ萌え」だなんて感じたあの時には、もう好きだったんだと思う。たぶん。


 正確に好きだと気づけたのは、ランチに誘われたときだった。カレンダーアプリに刻まれた「5/12(土)オムライス」の表記を見て、ふと思った。私、なんでこんなに楽しみなんだろう。

 つまりその答えが、好きだった。もちろんオムライスも好きだけど、今仲くんが好きだった。でなきゃこんなに楽しみじゃない。胸と同時にLINEが鳴る。

「明日、集合って千葉駅でいい?」

「うん」

「時間はどうしよっか」

「そうだね、どうしよう」

 こんな煮えたぎらないやりとりに、どきどきした。この文章を今仲くんが打ってるんだ、なんて画面の向こう側を想像した。


 当日、少し早めに着いて待っていた。スマホのカメラ機能を内カメにして、前髪を気にした。キレイに整いすぎる前髪に反比例して、気持ちはガタガタだ。

「おまたせ、待った?」

「ううん、今来たところ」

 そんな定型文が、はじまりの合図。ふたりきりで緊張してるのに「余裕ですけど」の顔をしてしまう。かわいくない私に、じゃあ行こうか、と声を掛けてくれる彼が、かっこよくて。駅の照明が、ほんの少しだけ明るくなった気がした。


 改札を抜ける彼の残り香が、春を連れてくる。香水みたいに強いわけじゃない。でも絶対に香る柔軟剤やシャンプーが混ざった、彼の匂い。それに誘われるように、私も改札を抜けた。

「おれ、はじめてだわ。こんなの」

「うそだあ」

「いや、ほんとほんと。高校が男子校だったから、今までなかったよ。デートとか」

 言っちゃうんだ。隠しておいても、バレないのに。それでも私がその時、彼の潔さに救われたのは確かだった。

「あの、わたしも……」

「ん?」

「わたしも、デート、とかはじめて」

 いつもはプライドから背伸びしてしまう私も、彼の素直さの前では、等身大になれた。それがどれだけ嬉しかったか。少し間のあいた後、うそつけ、と彼は笑ってくれた。


 オムライスはお家じゃ食べれない、ふわとろのやつだった。SNSを見た私がこぼした「食べてみたい」を、彼は見逃さず拾ってくれたのだ。一緒に行こうよ、食べれるお店、知ってるよ、おれ。その言葉に胸を躍らせて、今日まで過ごしていた。


 真ん中を切り開くと、半熟卵が流れ込んでくる。

「うお、すげえ」

「ほんと、すごい」

「めっちゃ、美味そう」

 彼は何回か食べてるはずなのに、私よりはしゃいでいる。それが単にピュアなんじゃなくて、初回の私を盛り上げるための優しさ、だと気づけるのはもう少し時間が経ってからだった。

「ここケーキも美味しいんだよ」

「そうなの?」

「そう」

 彼はレジ横にあるショーウィンドウを指さす。そこにはきれいなケーキが並んでいた。かわいい円形のショートケーキ。はじめて見る白いモンブラン。季節のタルトはメロンだった。

「おいしそう! でもお腹いっぱいだな」

「そう? じゃあさ、はんぶんこ、しようよ」

「はんぶんこ?」

「そう、ひとつをふたりで」

 結局、レモンタルトを頼んだ。このコロナのご時世に、一緒のものを分けあうことができるのは、彼に心を許しているからだろう。

 クリームの壁を壊すと苦いレモンの香りが広がった。なんとなくレモンは「青春の食べ物」という感じがする。そういえば、このとき食べたレモンタルトは、すごく甘かった。いまと違って。


 それからというもの、彼とたくさん会った。飲食店を巡っては、美味しいものを食べた。パンケーキやフルーツサンド。女子ひとりでは入りづらい、ラーメン屋も一緒に行ってくれた。

「あのさ、川村さん」

「なに」

 それは、豚カツ定食を食べてるとき。梅雨時期のにわか雨のように、急にやってきた。

「好き、みたい。おれ、川村さんのこと」

「え?」

 チーズヒレカツに伸びる手が止まった。まっすぐな目で見られて、箸先が震えている。

「それって、こくはく、なの?」

「……うん」

 沈黙が流れた。状況が汲み取れないまま、腕時計の針が進む。私はヒレカツは置いておいて、付け合わせの千切りキャベツを食べた。混乱してたからか、いくらでも食べられる。無限キャベツとは、このことだ。

「ごめん」

 あまりの気まずさに、彼が謝った。

「ううん、言ってくれてありがとう」

 今思えば豚カツ屋さんにきたのは、恋愛にとか、勇気のでない自分にを入れる、といった彼なりの験担ぎだったのかもしれない。

 私はお吸物をひと口飲んで、できる限り彼の目を見て、まっすぐに言った。

「私も、好き。です」


 断る理由がなかった。何度もご飯を一緒に食べてたし、凛子ちゃんにも「気になる人がいる」なんて話してた。たくさんの日々を重ねても、身体は重ねようとしない彼に、大切にされてると感じてた。

 私は彼と付き合って変わった。好きな人と一緒にいられることの幸せを知って、流行りの失恋ソングに共感できなくなった。

「ねえ、vanilla2、昨日新曲だしたよね」

 映画館に行くまでの道、そう話しかけた。

「マジで? 知らんかった」

「めっちゃ良かったよ」

「そっか、帰ったら聞こう」

 いつの間にか、vanilla2も私の方が詳しくなっていた。彼の好きなものが、私の好きになる。そんな自分のチョロさに笑みがこぼれた。

「なんで笑ってんの」

「え、べつに」

 彼は、かわいい、と言って手を繋いでくれた。なんで笑ってるか。そんなの、ひとつに決まってる。今仲くんといられることが、しあわせだからだ。


 スクリーンに映るのは、子ども向けのアニメ映画だった。ピカピカとしか喋らないモンスターが、一生懸命に戦っててかわいかった。

「いけ! 10万ボルトだ!」

「ピー、カー!」

 今仲くんは小さい頃から、ずっと好きらしい。ゲームも最新版までプレイしているとのことだ。私は小さい頃、もっと女子っぽいのを見てた記憶がある。内容はあんまり覚えてないけど、アイドル活動を頑張るやつとか、フリフリの女の子が悪を断つやつだった。


 ふと、映画から目を逸らして、彼を見た。彼はまわりの小学生と同じ目で、スクリーンを見つめる。無邪気で、まっすぐな彼が、私の彼氏だという事実が不思議に感じた。今まで20年間もひとりだった自分が、嘘みたいだった。

「もう、やめてくれ!」

「ピカ!」

 彼に見惚れてたらもうクライマックスだ。いかにも強そうなドラゴンが、街を破壊していた。なにがなんだかわかんなかったけど面白かった。いつもは2時間も集中が続かない映画も、彼となら見れた。

 何をしてても飽きない。今までの人生ではありえない非日常を、彼との恋愛から感じていた。


 ただそんな非日常も続けば日常になってしまう。彼がとなりにいて、一緒に帰って、休日に会ってご飯を食べる。そんな幸せが「普通」になってしまう。

「やっぱ、vanilla2はいいよな」

「うん、そうだね」

「自分は『SWEETS』が一番好きかな」

 カラオケボックスの中。一曲歌い切った彼が、楽しそうに笑う。何度も聞いたなと思いながら私は、わかる、と口にした。

「綾乃ちゃん、大丈夫?」

「ん、なんで?」

「ぼーっとしてたから、体調悪いのかなって」

「ううん、別に大丈夫」

 このとき最後に、ありがとう、と言えなかったことを、今でもたまに後悔する。自分のことばかり考えて、目の前の気遣いに感謝できなかった。

「あ、つぎ私『トンデモクラシー』入れたんだった」

「とんでもくらしー?」

「そう、昔聴いてたんだよね、ボカロなの」

 いつの間にか、ロックを聴かなくなっていた。飽きちゃったんだと思う。激しくてストレートなロックにも、やさしくて繊細な彼にも。


「ボカロとか聴くんだね」

 歌い終わったとき、彼はそう言って、私に近づいた。いや、聴いてたんだよ、今仲くん。いつか話したことあったと思うけど。

「これから、どうする?」

「うーん、どうしよ」

「うちなら来ていいけど」

 彼は神奈川の茅ヶ崎から来てひとり暮らしをしている。あの小さい部屋で、今日もきっとそういうことをする。それをわかった上で私は、じゃあ行く、と返した。そんな行為だけが非日常に感じられた。


 それから数日経ったある日、ついにその時が来た。その日は年末で、日本一の漫才師を決める大会がテレビでやっていた。バラエティ番組で見たことある実力派から、はじめて決勝進出した若手まで、たくさんのコンビがいた。

「めっちゃ面白い」

「わかる」

「1組目のやつの掴み、やばいね」

「うん、やばい」

 なんだか、私たちの会話も漫才みたいだった。その時の感情なんてなくて、決められた台本に沿って喋っているようだった。今仲くん、ずっとゲームしてるし。

「ねえ、今仲くん」

「なに?」

「今日はもう帰ろうかな」

「そっか」

 今日は抱かれるのはやめた。時間を見て帰ろうと思った。昔はあんなに逃げ出したかった実家に、久しぶりに帰りたくなった。

「あのさ、ごめん」

「なにが」

「別れない? わたしたち」

 彼はすこし黙り込んだあと、綾乃ちゃんがそうしたいなら、と笑った。いつだって私を肯定し続けてくれた彼。最後くらいは否定して欲しかった。こんなダメな私に、なんでやねん、てツッコミを入れてほしかった。

 それでも部屋に響くのは、若手漫才師の明るい声だけだ。

「もうええわ、やめさせてもらうわ」

 軽快な受け囃子ばやしとともに私は、思い出がたくさん詰まったこの部屋を去った。


 レモンタルトにフォークを刺した。ゆっくりと深く、半年前の自分を殺すように下ろしていった。

「あやちゃん、こわいよ」

「だって……」

 口を開けば「だって」とか「でも」とか。逆接ばっかし出てくる。そんなめんどくさい私の愚痴を、ひたすらに聞いてくれる凛子ちゃんが、どれだけ偉大か。

「結局さ、どうしたいの、あやちゃんは」

 痺れを切らした凛子ちゃんが踏み込んでくる。私がどうしたいか。自分のことなのに、全然わかんなかった。


 もっと早く気づきたかった。ずっと同じ人と一緒にいると、関係性が落ち着いてくること。そして、その落ち着きが「冷め」ではなく「しあわせ」だってこと。

「ひとまず、謝ったら? 今仲くんに」

「うーん」

 ひと口飲んだハーブティーは、胸のわだかまりを少しだけ溶かしてくれる。散々愚痴ったけど、今仲くんは何も悪くない。はじめからずっと同じように隣りに居てくれた。それに満足できなくなった、私が悪いのだ。

「わたし、謝る」

「うん」

「あやまりたい」

 目頭が熱くなって、流れた。あのとき食べたレモンタルトが今日は苦い。きっと人間は、何を食べたかより、誰とどんな風に食べたかが重要なのだろう。

「また、食べたい」

「ん?」

「また彼と、このタルト、食べたい」

 凛子ちゃんがゆっくり背中をさすってくれる。もっと素直になればよかった。ありがとうとか、ごめんなさいとか、もっと言えばよかった。


「じゃあ、ほら、写真撮って」

 凛子ちゃんは肩を叩く。

「写真?」

「レモンタルトの写真。また一緒に食べたいってLINE送るんでしょ」

 私は言われるがままに撮った。ここまでしてもらって、凛子ちゃんに逆らえなかった。食べかけのタルトがお皿に残っている。また、はんぶんこしたい。タルトだけじゃなくて、嬉しい出来事も、しんどい毎日も、彼とはんぶんこして生きていたい。

「撮れた?」

「うん」

「じゃあ、送ろう」

 展開が早かった。考える暇もなく、文章を考えさせられた。凛子ちゃんはそういうところがある。思い立ったらすぐ行動に移せるのは、彼女のいいところだ。


 夕陽が差し込んで、街をレトロに染める頃。私のラブレターはようやく書き終わった。LINEに私の想いが浮かぶ。


「今仲くん、12月はごめん。あのね、またレモンタルト食べたいの。ひとりじゃ食べきれない」


 このたった3文を打つのに1時間かかった。もっとたくさん書いてたけれど、推敲を重ねるうちに消えていってしまった。I love youを伝えるのに、多くの言葉はいらなかった。

「じゃ、送信しよう」

「うん」

 送信ボタンを押す手が震えた。それは告白されたあのとき、揺れた箸先と同じものだ。目をつむって、狙いを定めてゆっくりと、人差し指が画面に触れた。

「送れ、た?」

「うん! あやちゃん、送れたよ」

 送ってしまった。ほんとに、送ってしまった。別れてからの半年、ずっと絡まっていたイヤホンが解けたような、そんな気持ちだった。

「じゃあ、あとはで」

 ユーモアのある言葉を残して、凛子ちゃんはその場を去った。机には食べ損ねたレモンタルトがひとつ。それが、なんとなく私のように見えて愛おしかった。もらって欲しかった、タルトも私も。


 既読がついた。送って3分くらいのことだった。既読をつけるのが早いことは変わってなかった。さて、なんて返ってくるか。付き合いたての頃のように画面と向き合った。


 耳をすませば、窓の向こう側から音楽が聴こえてくる。キャッチーな音、語感のいい歌詞、この音に合わせてボディーソープを泡立てた覚えがある——それは、間違いなくvanilla2 だった。

 そして歌声は、いつかカラオケで散々聴いた、下手くそなくせにやけに心に響く、あの声だった。


 窓の外で踊るのはサンタクロースだ。ワイヤレススピーカーから流れる音に乗って、ボックスステップを踏んだり、時おりムーンウォークをしている。6月のサンタクロース。もちろん中身は今仲くんだ。

 私はレモンタルト半分はそのままに、お会計を済ませて、駆け寄った。私を見て笑う彼、まだ残してる影。ただ食べ残すだけ、また取り返すまで。


「ねえ、なにしてるの?」

「なにって、サプライズだよ」

 笑った。あのとき見た漫才の何倍も笑った。

「もう、へたすぎかよ」

「すまん」

「でも……ありがとう」

 へらへらする彼のお腹を軽くパンチして、抱きついた。ドンキホーテで一緒に買った、サンタのコスプレから、大好きなあの匂いがした。

「今仲くん、ごめん」

「ううん、こちらこそ」

 彼の心を込めたセリフが、いまスピーカーから流れてる曲のタイトルと一緒で、おかしかった。そしてまた、vanilla2が聴きたくなった。

「そうだ、忘れてた。12月の誕生日に渡す予定だったんだけど……」

 季節外れにも彼は、サンタらしく白い袋から、何やら小さい箱を取り出した。見た目に反してかなり重そうだ。

「開けていい?」

「うん」

 久しぶりにどきどきした。プレゼントの中身にじゃない。彼が私の誕生日を忘れないでいてくれたことが嬉しかったのだ。


 リボンを引っ張って、紙袋を開けて、やっと中身が見えてきた。彼が考えて私にくれたものは、ゲーム機と、彼の好きなカセットだった。

「なんか、一緒にやりたくて」

「うれしい、ありがとう」

 本当にサンタさんみたいだった。ゲーム機をもらって、子どもみたいに心がはしゃいでいた。

「前に見たよね、この映画」

「うん」

「また、見たいな。今年もやるでしょ」

 苦いレモンタルトの味なんて、もう忘れていた。私の頭の中はもう「はじめのモンスター3体のうち、どれを選ぶか」でいっぱいだった。


 それからの生活は楽しかった。恋愛とは、拾う作業なのだと思う。お互いが相手のために尽くしたことを、こぼさずに掬い取る。その連続が愛だった。

「ねえ、モンスター交換しようよ」

「え、いいよお」

 いまは彼の好きなことを一緒にして、休日には私のスイーツ巡りに付き合ってもらう。不思議なことに今仲くんと食べると、なんでも美味しいから、私の食べログの評価は全部「☆5」だ。

「じゃあ、おれのゲコガエルあげるよ」

「なに、その名前」

「おれが付けた。かわいいでしょ」

「ううん、まったく」

 これからも、ずっと彼といようと思う。サプライズも下手だし、キスも外すし、断れなくて私の誕生日にバイト入れちゃうこともあるけど、彼は私のサンタなのだ。とびっきり普通な毎日と、そこに似合う笑顔をくれる、素敵なサンタだ。


 数日経って、またあの喫茶店に足を運んだ。私は焼きナポリタンを、彼はカレーを注文した。もちろんはんぶんこして、2種類食べる計算だ。

「はんぶんこ、うれしい」

「おれも。欲張りだから2個食いたい」

「わかる」

 食べることが好きになった。半分ナポリタンを食べて、お皿を交換して、カレーを食べた。メニューが欲張り高校生セット、みたいで笑った。

「カレーも美味しい」

「だよな、ここのお店何食べても美味しいよ」

 なんでも食べたい。ここのお店のメニューも全部制覇したいし、世界中の色んなところに行って美味しいものを食べたい。

「ね、今仲くん……」

「なに?」

「今度さ、神奈川連れてってよ。茅ヶ崎にも美味しいお店たくさんあるでしょ?」

 ナポリタンにタバスコをかけながら彼は、もちろん、と目を輝かせた。こうゆう、時おり見せる無邪気な表情が、とてもずるい。これ以上私を好きにさせて、一体どうするのか。

 海沿いのハンバーガー屋さんとか、本格イタリアンとか、ハワイアンパンケーキのお店とか。彼のプレゼンによると、茅ヶ崎にはおしゃれで美味しいものがたくさんあるみたいだった。

「ごめん、綾乃ちゃん。トイレ行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 彼が席を立ったとき、机にある彼のスマホが魔法の音を立てた。少し気になって覗くと、ロック画面に「凛子」の文字が見える。え、今仲くん。凛子ちゃんのLINE持ってるの。

 よく知るクマのアイコンだ。生唾を飲む。背筋が凍る。見てはならないとわかっているけど、見ずにはいられなかった。


「あのサプライズからどうよ、うまくやってんの。あやちゃんのこと、泣かせたら殺すかんね」


 びっくりした。やっぱり凛子ちゃんには敵わないと思った。あのとき凛子ちゃんは、私の話を聞いているように見せて、今仲くんからの相談も受けていたんだ。

 なんだか恥ずかしくなった。凛子ちゃんが一枚も、二枚も上手だった。

「なんか、あった?」

 トイレから帰ってきた今仲くんが不思議そうに私を覗く。

「ううん、なんでもない」

「ほんとに?」

「本当に、大丈夫だから」

 私は手を上げて、すみませーん、と店員を呼ぶ。これが、気恥ずかしさから逃れる最終手段だった。駆け寄ってくるかわいい店員さんに向けて、人差し指を立てて言う。

「えっと、レモンタルトをひとつ」

「おひとつですね? かしこまりました」

 きっと今日のレモンタルトは甘い。どうせ甘すぎて食べきれないから、彼にもはんぶんあげることにした。


「ねえ、見てほしいものがある」

 笑みをこぼしながら、彼はスマホを見せる。

「なにこれ?」

「Twitter。おれ、バズっちゃった」

 そこにはサンタクロース姿で踊る、あのときの今仲くんが映っていた。どうやらその奇妙な光景を誰かが撮って、SNSにあげたらしい。

「#六月のサンタ、もトレンド入りしたんだよね」


 いや、草。

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