天正~文禄 桜の花は命の如く美しい
時が過ぎ、紅葉は数えて十三になった。
焦げた臭いがしてくる。ぱぁんっと銃声が響いた。大きな庭には立てた人を模した的がある。いくつかの数発の銃弾が打ち込まれていた。彼は撃つ度に彼は弾を詰めた。何度か撃ち的を見ると標的通りではないが、それなりに近くに当てた。種子島に伝わった長銃を使用しており、紅葉は息を吐く。
「精が入ってるな。もみじくん」
少年に声を掛けられた。黒髪は短く後ろに縛って、目が少し釣りあがっている。整った顔立ちをして爽やかに微笑んでいた。紅葉は嬉しそうに声をあげる。
「龍さん!」
「よっ、紅葉」
なかなかの爽やか少年だ。彼は龍之介。紅葉が入った当初諸々あったが、快く案内となんやかんや世話をかけてくる気前のいい子だ。無論、彼も人であり人ではない。
そんな紅葉の幼い顔立ちは、今ではほんの少ししか残っていない。十二までの間は武器の扱いや知識を身につけるが大変だ。龍之介は長銃の扱いの様子を聞く。
「どうだ」
「ぼちぼちかな? 君と二人でやる任務は初めてだから手は抜けられないから」
「そうだな。皆さんにはお世話になってたし、二人だけでやるのはドキドキすんな」
笑い合い、二人は建物の中に入っていった。与えられた任務は、清水の街にいる妖怪の退治。人を誑かして、弄んでいる妖怪が居るらしい。今から彼らは任務として京に向かう。
夜の京を提灯を持ちながら歩く町人。二人は明るい町並みを上から見る。八坂の塔と清水寺。趣がある建物に龍之介は感嘆した。
「いいな、江戸と違って」
「陛下が拠点にしている所だからね。でも、屋根の上にのぼる必要ある!?」
怯える紅葉に龍之介は呆れた。
「俺達半分は人じゃねぇぞ。こんぐらいで怯えるなよ」
高い場所に上って、下を見て恐怖するのは普通だ。龍之介は高い場所に慣れていた。紅葉は武器である長銃を持って居るため、バランスがとれない。
がくがくと紅葉は震えるが、背後から声か聞こえてきた。振り向くと、下には刀をもってぶつぶつと呟く男がいる。周囲には蛇がまとわりついていた。辻斬りだろう。蛇の妖怪は男に憑いて、誑かしているようだ。
[さぁ、人間。斬りつけ血を浴び、力を蓄えさせろ!]
この妖怪は人間の生気を吸い取ろうとしている。目的の妖怪だ。腰にある刀を抜いて、龍之介は躊躇なく屋根から飛び降りる。降りた勢いのまま、男に憑いている蛇を切った。悲鳴をあげる蛇は男から離れる。
男は倒れて気絶する。龍之介は刃先を向けた。
「人間を利用するなんて、卑怯な奴だな」
蛇の妖怪は宙に舞う。
[な、何故、人間が我が見える。何故、我を切れる!?]
蛇はただ驚いている。ぱぁんっと銃声が響き、蛇を貫いた。
「よしっ、えっ?」
紅葉は嬉しそうに声を出すがバランスを崩す。慌てて体勢を整えようとするが、間に合わずにそのまま地面へと落ちていった。痛そうな音がするが、紅葉はゆっくりと立ち上がる。
「いたたたっ……」
「おい、大丈夫かっ!?」
駆け寄ると、蛇の妖怪は驚いていた。屋根から落ちて、傷が少ないからだ。紅葉は頷いて、腰から弾を出して装填する。火縄銃は一個ずつ弾を込めなくてはならないのだ。
声が響く。
[人より丈夫、まさか貴様ら
忌わしげに二人を見る。
半妖。人と妖怪が交わり、生まれた子を半妖と言う。半妖は人からは化け物扱いされ、妖怪からは疎まれる。紅葉達が居る場所は、半妖によって構成された組織だ。
[この汚れた存在が……っ!]
耳に入れて紅葉は瞳を揺らしながら、追憶しかけた。あの日の月を、村人と子どもたちから受けた仕打ちを。
悲鳴が聞こえる。彼は顔をあげて正気に戻った。いつの間にか龍之介が蛇を突き刺している。蛇は血を流して苦しそうにあがく。彼の目には憎悪が宿っており、蛇を恨めしく見ている。
「俺は心と体を傷付ける存在が汚れていると思うな」
[がっ……がぁあ!]
「お前達、妖怪も汚れた存在だろ? 俺達がどんな目に遭ってきてきたか知らないくせに」
風が強く吹き、龍之介に集まってくる。風にからは力の奔流を感じた。
まずいと、紅葉はすぐに銃を構える。
先輩達から言われていた。自分たちはまだ精神的にも不安定な時期であり、我を忘れてはいけない。力を暴走させてはならないと。
紅葉は即座に銃弾を放ち、蛇に当てる。声をあげながら蛇は静かに倒れ、砂となって消えた。龍之介は刀を仕舞い、紅葉は銃を構えるのをやめる。彼は「くそっ」と泣きそうな声で、顔を俯いていた。
「忌わしいのかなんて、勝手に決めつけるもんじゃないだろ!」
「龍之介?」
「……好きで、半妖として生まれたわけじゃないのに」
本音を吐き出す。
ああそうだ。自分達はなんでこう生まれてしまったのだろうと、紅葉は言わずに口を紡ぐ。
本来、半妖の出生は少ない。半妖の父親がいるならば親子として暮らせる。二人のいる組織は紅葉のような迫害や捨て子も少なくはない。そのような者は自分が生まれてしまった理由を考えてしまう場合もある。しばらくすると龍之介は紅葉に振り向いた。顔色は優れてはいない。
「……帰ろう。任務の報告をするんだ」
紅葉のような経歴がある者は、自分自身が半妖であることを嫌悪している。本当は普通に生まれていきたかったと。また人を不信に思い、嫌っているものも多いのだ。
十五の時になると、あどけない表情は無くなり青年になっていた。紅葉は髪紐を外し、髪をなびかせ、神主の格好を戦闘用に改良した服を着ていた。昔の変化の形であり、力が使いこなせるに連れて服の形も変えなくてはいけない。姿を変える。変化、へんげ、へんかともいうが、これらをするのは力の制御をしやすくする為のもの。
紅葉は樹海を駆け巡る。
《紅葉。お前の真正面から二里程離れ、左に十二度に標的はいる。左右には二人が追いつめている。銃弾で動きを封じろ》
風から冷静な声が聞こえ、紅葉は長銃を構えた。
力を使う必要はない。彼らは獲物を追っているのだ。紅葉は言われた通りに、角度を合わせた。森の隙間から一閃の銃弾を打った。ぱぁんと響き、森の鳥達は逃げる。
「がぁ……!」
悲鳴。紅葉は急いで声のする方向へと行く。
武者鎧の青年。中華の服を着た虎の耳と尻尾の生やした青年がいる。
二人は仲間だ。彼らは獲物である男を取り押さえていた。背中を踏み潰されて動きは封じらる。武者鎧の青年は男の身を押さえながら睨む。
「さて、答えて貰おうか? 此処に忍び込んで、何を得ようとしたか」
男は悔しそうに四人を見て、歯を噛み締める。
相手は人間だ。追跡で捕らえられたのだ。この男は組織に居たまだ幼い半妖の子供を誘拐しようとしている。半妖の物珍しさに誘拐しようとする人間も多い。目的は人身売買。組織に関わろうとする輩の排除も仕事だ。
空から龍之介と仲間が降りてきた。龍之介は黒い翼を生やして、天狗のような姿をしている。
すると、鮮やかな赤色の翼を生やした青年が目の前に来る。艶やかに男の頬を撫でて、顎を指で持ち上げた。
「早く目的を吐かないと、惨い目に遇いますよ。お兄さん」
男は顔を赤くするが、吐く気配がない。赤い翼の青年は仕方なしと息をつき、虎耳の青年に声をかける。
「国の為なら吐く気もないか。節、こいつの足の骨を粉砕しろ」
「えげつないぞ。一葉」
龍之介の抗議に一葉と言われる青年は不敵に。
「何を言っている? 私達を知ろうとした時点でこいつが悪いだろう」
だからと言って、怪我をさせなくても。喉元に出かけるが、紅葉は口を閉じた。人に対しての複雑な思いがあり、何も言えなかったのだ。
「まあ、確かにな」
龍之介は紅葉を見て頭を掻き、複雑そうに賛同した。虎の耳を生やした青年は男の目の前にやって来て、無邪気に笑った。
「なんだ。こいつの足の骨を折ればいいのか?」
意気揚々に手の骨を鳴らしては、準備運動をしている。本気で骨を折りかねない。一葉はにこやかに許可をする。
「ああ、思いっきりいけ。|節〈たかし〉」
一葉の言葉と共に、足に向かって手が伸び、男は慌てて口を開いた。
「わ、わかった話す、話す!」
彼は手を止め、一葉は微笑む。
「賢明な判断だ」
男は話し始めた。
男の国は組織の半妖の力を使い、一揆に使う為に半妖を捕らえようとした。
一葉は目を細めて、溜息を吐く。何処も同じように考えると呆れているのだ。力で屈服させ、従わせようとする。再び争いの火種を生むとは知らずに。皆は黙る。男は助かるかと思った時、武者鎧の青年は口を歪ませる。
「だが、仲間に手を出そうとした真実は変わらない。お前の生は終わりだ。|氷花〈ひょうか〉」
男は驚く間もなく、武者鎧の青年は不思議な言葉を放つ。瞬間、男の体は氷付けになり、節は氷を割った。男の氷は粉々。肉と骨すら残らず、静かに地面に溶けていく。
「そんな」
紅葉は悲しくなり溜息を吐いた。龍之介は気になり声をかける
「……ん、紅葉。どうした?」
「いや、命が失う瞬間を見るとちょっと」
紅葉は優しい。どんな命に対しても、博愛の気持ちがある。組織に属して以来、手を汚す機会が多くなった。他の命を奪い、自分が生きる。非情になって相手を殺す。人の心を持つがゆえに苦しむ。龍之介は静かに地面を見て目を瞑った。
「……確かに慣れないよな」
人間として武器を使い、妖怪として力を使い、人を殺めた。
紅葉は空を見上げる。村にいた人間は酷い仕打ちをした。組織にいる大体の半妖は、人間から酷い仕打ちを受けている。龍之介も人間から酷い仕打ちを受けたことがある。けど、人間から生まれてきた。
【紅葉】
懐かしい優しい母の声。
【化け物!】
罵声を上げる村人。同じ人間であるのに、何が違うのだろうか。紅葉は真夜中の月を見つめていた。
文禄五年──1596年。
数え年で数えると十七か十八ぐらいだろうか。紅葉は薬売りの身に偽って、日本の各地を渡り歩いていた。各地を巡りながら、妖怪を諌めるのも仕事だ。髪も長くなり、そこらの女の人に声をかけられるぐらいの美貌はある。
半妖としての分岐は青年期で決めなくてはならない。つまり、人として生きるか。妖怪として生きるか。生きる道を決めるだけであり、長生きした半妖は途中から人として生きる道に戻りはできる。だが、人として生きる分代償はある。紅葉は考えながら、人の流れの中を歩いていく。
人ごみだ。桜並木には多くの見物人と旅人が多くいる。春の時期になれば、花見をする人々も現れるのだ。
日の本のいくつかの道を歩いていても、彼は人には慣れない。母親のように優しい人間もいれば、かつての村人のような人間もいる。多種多様であるのは知っているが、紅葉はいい思いはない。ため息を付き、紅葉は人がいない場所まで行く。
──ある村まで来ると桜はあるが数は少ない。桜並木の方に吸い寄せられているのだろう。紅葉はほっとして歩く。
桜の木の下で桜を見ている少女がいた。豪華絢爛な桜並木より、川の近くにある一本の桜をじっと見ている。
紅葉から見て風情がある景色。人混みに疲れはてていたが、少し元気が出てきた。あの人間の少女のお陰だ。人間も悪くないと思い、彼は少しは桜を見ようと考える。木に近付いていく。
足音に気付き、少女は彼に向く。
黒く長い綺麗な髪。結んである赤い紐と共に、桜の花弁が舞う。桜の花の笑みを浮かべていた。その姿は精霊か。コノハヤノサクヤヒメか。その容姿に誰もが見惚れてしまい、その純な瞳は誰もが惹き寄せられる。現に紅葉が足を止めて、顔を赤くして見つめていたのだから。
(この続き。もしくは真相を知ってから読みたい方は
肆之一へ
https://kakuyomu.jp/works/16817139558504659470/episodes/16817330648775407414 )
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