大正之半妖物語

アワイン

壱 序章

天正 命の誕生

 1580年──とある村で一番美しいと言われた娘がいた。その娘にとある男の子が生まれる。しかし、その子に父親は存在しない。村の人々は奇妙に思っていた。が、その男の子が生まれたことにより、作物が豊かに実り、周囲の生物と人が健やかに生きる。


 他の地域と比べ、紅葉の住まう地だけが飢饉が起きず豊かであった。村人はすぐに神の子やら仏の子やらと崇め始める。男の子の母親は、秋に生まれた子として紅葉こうようと命名。法泉之紅葉。村の法泉寺で生まれたありがたい子として、すくすく育っていく。


 やがて、母子共々寺で生活。母は寺の手伝いとして働き、紅葉は寺で遊び学んでいる。紅葉はふわっとした明るく長い茶髪に花のような穏やかな顔立ち。寺の人々から可愛がられていた。大きな寺の廊下でお坊様がやって来て、紅葉は嬉しそうに駆け寄った。


「おししょーさま、おししょーさま!」

「おや、紅葉。どうした?」

「おししょーさま。やつがれは力があるようです。この力を使って役立てはできるでしょうか?」


 紅葉は触れたものを元気にさせ、力を分け与える力がある。お坊様は有耶無耶に答えて誤魔化しまった。この日の紅葉は残念そうにお坊様の前に去っていく。

 しかし、この時に答えを出していれば、誤魔化さなければよかったのだ。




 一年経った後、異変が起きた。




 天候が崩れ、村の作物が枯れる。それは紅葉が泣いてから起こった。ある日、紅葉が泣くと嵐がやってきて、村の作物は枯れて飢饉に陥る。ある日、紅葉が喜ぶと天候がよくなる。また作物がすくすくと育ち、豊作となった。

 それは人ではなしえない。当時のこの村には学舎などなく、村人にはあまり学はない。生活の知恵と読み書き、仏だけが頼り。

 村人にとって彼は化け物。力の使いどころもわからない化け物であった。

 村人が何もしてこない日もあれば、虐めてくる日もある。彼は食料をとりいくときだけ外に出た。見つかって虐められることも多い。

 喜ぶと豊作、泣くと飢饉。今の彼は喜ぶだけでは力は奮えない。だが、彼がいるだけでその村は潤っていく為、村人は恐れつつも適度に放っておく。紅葉の力は未知。今の村人から見て、

 読み書きができても、知らなければ意味がない。



 村人は次第に紅葉を恐れ、母以外の人々は紅葉を迫害していった。亡くなるまで、母親が守っていた。

 二年後、紅葉の母親が病気で死亡。紅葉が泣くことによって力をふるうことはなくなってきた。それを村人は知るよしもない。



 母亡き後、しばらく。村の子供達が紅葉を虐め始めた。毎日のように続き、村の大人は誰も止めはしない。紅葉は疑問ばかり。何で自分がこんな目に遭うのかと。

 今日もいじめられる。人目を避けようでしたが見つかって、いじめられる。石を投げて、泥を投げて、子供たちは笑う。


「この、化け物め。退治してやる!」

「いいや、オレがやるんだ」

「違うオイラだ!」


 紅葉は身を縮めて泣く日々が続いた。


「やめて、やめてよっ! なんでこんなことをするの?」


 彼は制止を懇願したが。子供達の中で体の大きい子供は面白そうに笑った。


「やめてよぉ~なんでこんなことをするの~? だってさ、あははっ! 言い方おかしぃー、村の大人達が言ってたぞ? お前は人間じゃなくて、で、使い勝手のいいだって! 痛め付ければ良いことが起きる。こう痛めつけていれば俺達は村を救えるんだっ!」


 子供達は無邪気に笑い、紅葉は助けを求める。通り過ぎる大人を見た。大人達の目は冷たく汚い。蔑み、畏怖、嫌悪、悪意、欲望、それを感じ紅葉は口を閉ざす。


 僕は何かをしたのと心で問いかけても答えはない。


 何故、紅葉を傷つけるのか。

 大人が恐れ、化け物扱いしたからだ。大人が彼を使い勝手のいい道具としてしか見てなく、脅して痛めつけて扱うからだ。

 大人が言ったからやる。純粋な子供は無邪気に悪をなせる。大人がしているから、子供も真似をする。紅葉は弱そうだから、子供達は彼を格下としてみるのだ。いや、大人がしてなくても子供はやるだろう。それを止めるかどうかは大人次第。

 子供達のしているのは質の悪い虐めだ。

 無邪気に無自覚でしている虐めだ。容認されている虐めだ。それは、未来の時代でも変わらないだろう。

 子供達の隣を農家の男が通ると、紅葉は勇気を出して助けを求める。


「お願いです。助けてくださいっ!」


 男は紅葉を見て、嘲り笑った。


「はっ、化け物に助けなんてねぇしやれねぇよ。作物を実らせねぇ、お前が悪い。実らせられるなら、実らせてしまえよ。それができねぇなら……」


 歪な笑みを浮かべ。


「無理矢理でもやってもらうしかねぇよな? 叩けば何か起こるかも知れねぇし。どんどんやっちまないな。お前達」


 紅葉は目を丸くした。心がズタズタに切り裂かれたような感覚に陥る。彼らにとって、今の紅葉は良い発散場所でもある。紅葉を傷つけて、脅して実るものではない。

 豊作にならない原因を紅葉に押し付けていた。彼らが楽しようとして、紅葉に頼り続けたつけがでたのである。

 田畑は人の手によって作られている。例え、自然の力があっても、全てを自然に委ねるべきではない。子供達は石や泥、虫や汚いものまで投げ始めた。


「さっさと力を見せろよ、化け物。それが出来ないなら死ねーっ!」

「できないなら、いなくなっちまえばいいんだ!」


 悪態が飛び交い、紅葉にぶつかる。


「見せないと殺すぞ!

この俺の持ってる石で殴り殺してやるっ!」


 石を持つ男の子にがつんっと石で頭を投げられた。痛んだ所を触ると頭に血が出る。手の赤いのを見て、紅葉は言葉を失う。村人の一人は声を掛けてきた。


「ちょい、お前達。「成るか成らぬか。成らねば切るぞ」と言ったか? そいつが成ります成りますといったら終わりだ。でないと、成るものも成らないぞ」


 成り木責めという風習があり小正月の時期に行うものはずだが、ここでは紅葉に力を使わせるために利用している。子供達は正直に聞き、彼に石をぶつけ始めた。


「成るか成らぬか、成らねば切るぞ!」

「成ります。成りますって言えよ!」


 成り責め木本来の風習とは異なっており、してはならない行為に利用している。

 脅して、傷付けて、悪態を吐かれて。何度もその日々を繰り返す。目に涙を溜めながら紅葉は全てを受け止めていった。



 ある日の夜。汚くなった紅葉はボロボロになった家に居て、嗚咽を噛み締めている。

 空を見る。

 月を弓に見立て、弦が上向きに見える月の形。上弦の月と呼ばれている。涙を流して、此処にはいない母を恋しく思う。なんで自分をおいていったのだろうと。

 ガラッと戸が開く。紅葉は振り向くと、酔った村人が数人いた。腹いせで紅葉を殴りに来た人物だ。紅葉は恐怖で体を震わせ、身を退く。


「や、やめ」

「今日もお前が泣いた所為で……作物が枯れたんたぞ?」


 確かに泣いていた。だが、ここ最近は紅葉のせいと勝手に決めつけている。村人がサボって、作物を育てなかったからである。全部、全部、紅葉のせい。いい八つ当たりの対象だ。村人の男達は鍬や拳を構える。


「やめて……っ!」

「お前は傷付けても殴っても、すぐに治る化け物だろ」


 だが、痛みを与えられる。紅葉は思わず逃げ出そうとした時、男達に頭を掴まえられた。


「逃がすかよ。お前はこの村に必要な化け物なんだよ! 成るか成らぬか、成らねば切るぞってな!」


 男は鍬を振り上げ、紅葉はそれを受けた。





 ──数時間後、男達は満足したのか紅葉の居た小屋を去る。紅葉の着物はぼろぼろだ。静かに寝転んでいた。床に血が滴り、傷付き、弱り果てていた。体力も傷も数時間後には治る。しかし、心に負った傷は治らない。

 痛い。痛いと泣いた。

 紅葉は村の外に出ては、何度か死のうとした。川に溺れてみたり、刃物で傷付けたり。それでも傷は直ぐに治り、心の傷は深まるばかり。



 




 とうとう紅葉は耐え切れず、村から逃げ出した。森を走り、気付かれないように。村人は松明を灯し、紅葉を探す。


「捜せ、あの坊主を逃がすな! あの坊主の力は村を発展させるのに必要なんだ。全員で取っ捕まえろ!」

「次は牢を作っていれておけ。生かし殺さず縄で繋げておけばいい」


 紅葉は物陰に隠れ、村人の男達の様子を窺う。心臓がドキドキする。捕まれば、また同じような仕打ちが来る。

 嫌だった。自分を逃げても捕まえようとする村人が嫌であった。

 音を立てずに息を潜める。足音が響く。草の音や砂利の音が近づいてくる。いくつもの足音が近くを通りすぎ震えながら、茂みに隠れると影が紅葉を覆う。驚いて、顔を上げると男性が居た。


「ああ、やっと見つけた」


 優しい声で背の高い二十代後半の男性。黒い着物を着ている。侍のように見えたが、こんな山の中に来るはずない。優しく微笑んでいた。紅葉は怯え、男性は苦笑して身を屈む。


「や、そんなに怯えないでくれ。私は悪いものじゃない」


 それでも、紅葉は怯え続けていた。村人の一人が此方に気付く。


「そこかっ!」


 視界に村人の一人が入る。松明を持ち、鉈を持っていた。二人の視界に村人が入ってくる。その瞬間、村人が苦しみの声を上げて前に倒れた。ピクリとも動かない。息を引き取ったようだ。何が起きたのか、紅葉はわからない。彼は優しく撫でてくれた。


「大丈夫。私が退治しておいた。それに、君は此処の村に居るべきではない。私が君の居場所を用意してあげよう。どうだ。共に行かないか」


 紅葉は驚くと、彼は言い難そうに。


「……何故なのか君は人じゃないんだ。半分は人。半分は人ではない」


 別の存在。言われてみると確かにそうだと納得した。


「私は君のような者を救うと同時に働かせるのが仕事だ。だから、君は必要な存在だ。私と共にいけば、これからの先に必ず良い事が起こる。だから、私と共にいかないか?」


 光が差したような気がした。紅葉は眩しく目を細め、その手を握る。





 豪華な日本庭園が森の中にあった。西と東、真ん中にそれぞれ大きな建物がある。大きな庭園にはその時期に相応しい花々。色彩豊かに咲き乱れ、沢山の木々が立っていた。


 あまりの綺麗さに呆然としていると、紅葉は草木を見る。花はまだ蕾、木から沢山の光が現われ、声を掛けてきて微笑んでいる。草は紅葉に対して笑っていた。風が吹くと、声は途切れ、風から光りが見える。岩からも、噴水から見える水からも。声が途切れなくお喋りしていた。


「精霊が見えたのかな?」

「せいれ……い?」


 彼は微笑んで、光を撫でる。


「この子達だ。全ての万物には命、精霊が居る。君にはそれが見えているのだな」


 全ての精霊が見える。彼は驚くしかない。男性は紅葉に微笑んで、手を引いて玄関を潜る。

 案内する前にお風呂に入れられて、体を綺麗にしてくれた。紅葉は初めて入浴した。今まで汚かった物が落ちていくように感じる。

 紅葉は部屋に案内された。

 窓から綺麗な山や木々が見える。部屋には蒲団の箪笥があった。此処に君の好きな物を置いてもいい、この部屋は君の部屋になるのだ。そう言われ、着物を用意された。新品な着物の着替え方を教わりながら、紅葉は足袋を履く。着替え終わり、近くにある鏡を見る。綺麗な服を着て、一段と違う自分に見えた。紅葉は振り返ると彼は優しく微笑んでいる。

 はっとして、すぐに少年は頭を下げた。


「お命を助けてくださり、場所をくださり、ありがとうございます。なんとお返しをすればよいのよか……!」

「大丈夫。これから返してくれればいい」


 優しく言われ、男性から聞かれる。


「ああ、そうだ。君の名前を聞いていない。君の名前は?」


 顔をあげて、目をそらす。


「僕は」

「目を見ていいなさい」


 言われて、目を見た。優しい瞳、母が向けてくれた優しさに類似したものだった。


「僕は、紅葉」


 はっきりと、自分の名を告げる。


「法泉寺に生まれた紅葉。法泉之紅葉といいます」


 自己紹介すると彼は微笑んで、身を屈んで手を差し出した。


「法泉之紅葉。君を仲間として、歓迎をするよ」


 なんとも言えない気持ちになり、紅葉は彼の手を強く握る。ああ、この人のために役立とう。紅葉はそう思った。




 彼が入ったのは妖怪の世界と人間界の秩序を保つためにある組織。紅葉のような人であり人でない存在が多くいた。

 その中、何人か同い年の子と出会い、長い年月をかけて交流を深めていく。

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