第2話 オトしたい

遂にこの日がやってきた。

私は今、自国と敵国の境目にある、無所属領域にいる。

この無所属領域は、国主や領主のようなものは存在しない。土地主や店主が組合を作って、自治を行っている。

思っていたより町は繁栄しており、一つの道の両側にいくつもの店が建ち並んでいる。おまけに、すごく賑わっている。

「さてと、茶店は……」

私は道の真ん中に立って、まわりを見渡した。初めて来る場所なので、正直少し迷っている。しかし、千代が渡してくれた地図によると、この辺りにあるはずだ。


「それにしても、何だ?」

先ほどから往来する人がチラチラとある方向を見ながら歩いている。もしかして……。


その方向に行ってみると、一人の奇抜な格好をした少女が立っていた。

真紅の小袖に、半袴。桜色の髪を後ろでしっかりと縛っており、いくつもの刀を腰の荒縄で巻き付けている。さらに、肩に鉄砲を担いでいる。

その少女の後ろには、目的地の茶店があった。

待ち合わせ場所にいることと千代の情報を総合すると、この少女が今日オトさなくてはいけない女城主のようだ。


「あの、君は……」

「何だ貴様は?」

彼女は、キリッとした目で私を睨みつけた。私は思わずビクッとした。

「何だ?さっさと要件を言え」

「い、いや、あの……。今日、そなたを誘った者だ。安藤為春だ」

そう言うと彼女の目から威圧感が消えた。

「そうか、これは失礼した。佐貴城主の桜(おう)だ」

「いやいや、こちらこそ道に迷って少し遅れてしまったようだ。申し訳ない」

「まあいい。立ち話もなんだ、店の中に入ろう」

桜は、そう言うと店の中に入って行った。

しかし、彼女を落とすのか……。私は心の中でため息をついた。

おてんばというよりは、肝が据わっていると言った方が早くないか?

とても男にオトされるタイプには見えないが……。

いやしかし、弱音を吐いていてはいけない。千代との特訓の成果を発揮しなければ。

「何をしている?さっさと来い」

「ああ、すまない。今行く」


私は店内に入って、千代の向かいに座った。すると、一人の娘が寄ってきた。

「ご注文は、いかがいたします?」

「私は、あんみつを頼む」

桜は、早速注文した。

「では、私も同じものを」

「かしこまりましたー」


娘が去っていくと、桜は口火を切った。

「しかし、今日はどういうつもりだ。私とそなたは敵同士。どういう魂胆か知らんが、私はそなたに城を明け渡すつもりはないぞ」

「いや、そんなつもりはない。私はただ、そなたと友好的になりたいだけだ」

「ふん、まるで分からんな。まあいい、騙し討ちにするつもりはなさそうだし、そなたからはこれといった敵意も感じられん。今日は楽しむとするか」


「あんみつ二つ、お待たせしましたー」

店の娘があんみつを二つ運んできて、それぞれ私と桜の前に置いた。

そして娘が去っていくと、桜は早速食べ始めた。

「ほう、なかなか美味いな。客が絶えないわけだ」

「ん?来たことがあるのか?」

「いや、ない。そなたを待っている最中、この店を含む領域内をゆっくりと見物させてもらった。この土地はなかなか繁栄している」

「そうか、確かに美味いな」


あんみつを食べ終わると、桜は席を立った。

「では、帰らせてもらおう。最近忙しくてな。お代は私持ちでかまわん」

「いや、誘ったのは私だから私が払う。それに、もう少し一緒にいないか?」

まずい。何の進展もなく終わってしまっては、今までの準備が全て無駄になってしまう。何とか引き止めなくては……。

「いや、私は忙しいんだ。もう帰る。それと、お代は私が払う」

「これからいい場所に案内する予定だったんだ。一緒に行かないか?」

桜は私をじろりと見ると、言った。

「本当か?そなたはこの領域のことを何も知らなさそうだったが。いい場所など、知っているのか?」

知らない。ただのでまかせだ。

「どうであれ、私は帰る。さっきも言った通り、忙しいのでな」

「待ってくれ!少し話を……」

「しつこいぞ!いい加減にしろ!」

桜は店の娘にお代を手渡すと、さっさと店を出て行ってしまった。


ああ、最悪だ。

私は茶店を出て、帰りの山道を歩いていた。

今日は一体何をしていたのだろう。

あんみつ食って、少し話して、終わりか……。

今までのことが全部無駄になってしまったのだろうか。

帰って千代になんて言おう……。


「おい、兄ちゃん!」

野太い声が、前から呼びかけた。

顔を上げると、馬に乗った二人組のごつい男が私を見ていた。

「何者だ?」

「この辺の山賊様よ。身ぐるみ置いてきな。そうすりゃ、危害は加えねえ」

そう言うと、二人は笑った。

最悪だ。さらに山賊と出くわすとは。

私は知略のみで将軍にまで成り上がった男。武術の心得はないから、戦うことなどできるはずがない。しかし、私は今すごくイラついている。

「ここを去れ、山賊!貴様らにやるものなどない!」

ああ、言っちゃったー。

山賊は怒りを顔にあらわにし、馬を降りた。

「じゃあ、殺すしかねえなあ」

敵は馬を持っている。とても逃げきれない。

私の人生はここで終わりか……。


ガッ!

その時、山賊の一人が横に吹っ飛んだ。

「え?」

私が前を見ると、そこには桜の姿があった。

「山賊風情が。少しは自らの所行を恥じぬか!」

「なんだと、この小娘!」

山賊が刀を抜いて桜に斬りかかった。すると桜は鉄砲を山賊の頭に叩きつけて、ねじ伏せた。

そして私のところまで歩いてくると、ため息をついて言った。

「まったくそなたというやつは。将軍が聞いて呆れるな」

「武術の心得がなくてな。すまない、助かった」

「この辺は山賊が出る地域だ。何せ乱世だからな。少しは土地のことを調べておけ」

「しかし、どうしてここに……?」

「少しこの辺の土地を調べていた。私が攻略しなければならない土地だからな」

「そうか……」


「あれ?それは……」

私が桜の髪を指差すと、桜は髪に手をやって言った。

「ああ、これか。この髪飾り、気に入っているんだ」


「きれいな髪飾りだな。日々、私は武を積み、戦場に生きているからこういうものとは無縁だった」

そう言うと、桜は私の方を見てにこっと笑った。

「ありがとな!」

ドクン。

その笑顔を見た瞬間、私の胸が高鳴った。何なのだ、この胸の高鳴りは……。

「ああ、とてもよく似合っている」

「そうか。それは良かった」

桜は嬉しそうに笑うと、鉄砲を担いだ。

「さて、そろそろ行かなくては。気をつけて帰るんだぞ」

「ああ、分かった。そなたもな」


桜は背を向けて歩き出したが、立ち止まってこちらを振り向いて笑いながら言った。

「それと、今日はすごく楽しかったぞ。またな」

「ああ、それは良かった!また行こう!」

桜はふふっと笑うとまた背を向けて歩き出した。


私には、颯爽と歩くその後ろ姿は輝いて見えた。

相変わらず胸の高鳴りはおさまらない。

どうやら、城を落とすにはまだまだ時間がかかりそうだ。








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難攻不落な城があるので、全力で城主をオトしにいってみた。 天之川 テン @SaikousugiruRanobe

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