難攻不落な城があるので、全力で城主をオトしにいってみた。
天之川 テン
第1話 落としたい
悩んでいる。私は今、すごく悩んでいる。
何を悩んでいるかって?城を落とす方法についてだ。
私は安藤為春(あんどうためはる)。十七歳にして「将軍」の地位にまで昇り詰めた天才だ。
そしてこの度、将軍としての初任務を与えられた。一国の攻略だ。
前任の将軍は三人いて、いずれも年配の天才将軍たちだが、全員城一つ落とせず解任された。しかし、彼らがダメなわけじゃない。この一国が、あまりに訳ありすぎるのだ。
この国は女王が国主で、軍事力は我が国の二倍はある。城の数も我が国のざっと三倍ほど。まあ、ここまではいい。
ただ、この全ての城を、それぞれの女城主が仕切っている。この女城主たちは、私を含む我が国の将軍たちより遥かに天才で、正攻法では歯が立たない。しかも全員、素晴らしい美貌を誇っており、配下を惹きつけている。「外がダメなら内から」のセオリーに従って内部工作をしようにも、配下が城主に惚れ込んでいるから内応者など望めるはずがない。一体どうしたものか。
「将軍ー、おはようございまーす!」
元気な声がして、一人の少女が顔をのぞかせた。赤い髪に、ピンクの目がぱっちり。花柄の着物に、桜色の羽織を羽織っている。
彼女は市村千代(いちむらちよ)、15歳。私の軍の軍師を務めている。
「おはよう、今日も元気そうだな」
「私はいつも元気ですよー!あれれ?将軍はあんまり元気そうじゃありませんねー。クマ、ひどいですよ」
「ああ、そうか。最近あまり寝てないからな」
「まーた夜更かしして戦略のこととか考え込んでたんでしょ。でも今回はいつもの比じゃなさそうですねぇ」
千代はそう言うと、私のそばに寄ってきてパチンと指を鳴らした。
「何で悩んでいるか、ズバリ!当てちゃいます!初任務の攻略法のことですね?」
「ああ、その通りだ。正直、かなり参ってる」
「確かに敵は内も外も完璧で付け入る隙はないですし、軍事力もこちらの二倍はありますからね」
「打つ手なし、か……。将軍としての初任務がこれでは、情けない」
「そうですかそうですか。これは困りましたねえ」
千代は何か言いたげにニヤニヤしながら私の方を見ている。まさか……。
「千代、何か策があるのか?」
「はい、待ってましたー!軍師である私が何の用件もなしに将軍の部屋を訪れるなんてあるわけないでしょ?」
いつも何の用件もなしに雑談をして帰っていくのは誰だ、と内心思いながら私は聞いた。
「どんな策だ?言ってみろ」
「その前に、状況を整理しましょう」
千代はそう言うと、机の上に地図を広げた。
「まず我が国の敵国に対する最前線の拠点はこの城、河下城(かわしたじょう)です」
「そうだな」
「この城が敵に攻略されると、我が国は拠点を失うばかりか、敵国に大きくリードされてしまいます」
「そうだな」
「で、この河下城と敵国との境目にはどちらの国にも属さない領域があり、ここが両国の争奪戦の的になります」
「うん」
「そして、その領域を過ぎると敵国の最前線の拠点があります。これが佐貴城(さきじょう)です。この城が唯一この無所属領域に侵攻することができるので、敵国に拠点を作る意味でもこの城を攻略しなければなりません」
「その通りだ。しかし、私は策を持ち合わせていない」
「そこで!私は正攻法でも内部工作でもない、第三の策を編み出したのです!」
「おお、それは……!?」
「これです」
千代は、懐から数枚の紙を取り出し、私に手渡した。
「えーっと、なになに。佐貴城主の名前は桜姫(おうひめ)、16歳。その名に似合わず、かなりのおてんば。いつも領土内を鉄砲を持って歩いている。敵の情報か。で、これが何だ?」
「これですよ、これ」
千代は自信あり気にニヤリと笑うと、顔を私の顔に近づけた。
「な、な、なんだ……?」
「将軍って、イケメンですよね?」
「は?急に何を……。」
すると、千代は自信たっぷりに言い放った。
「彼女を、オトしてください!」
「はぁ!?」
「城はもはや落とすことは困難です。しかし彼女をオトしてしまえば、もうこっちのもの。城も必然的に落ちます!」
「私は17年間誰とも付き合ったことがない、恋愛未経験者だぞ!無理に決まってる!」
「ふふん、そこを女性の私がフォローするんですよー」
こんなばかげたことを本気で言ってるのか?相手が敵である私に恋をして城を明け渡すなど、あり得るのだろうか?
でもこのまま悩んでいても答えは出なさそうだし、千代も軍師だ。きっと勝算があるから言っているに違いない。一か八か、この策に賭けてみるしかない!
「分かった。そこまで言うのなら、やってやろう!全力でオトすぞ!」
「じゃあ、決まりですね!」
「で、私はどうしたらいい?」
千代は少し考え込むと、言った。
「そうですね。まずは贈り物をして、音信をはかりましょう」
「贈り物、か……。何がいいんだろうな?」
「ここに、資料があります」
千代はそう言うと、懐から数枚の紙を取り出して机の上に置いた。
私は早速それを手に取って開いてみた。
「うーん、装飾品から食べ物まで、幅広いな……。どうすべきか」
「あっ、この髪飾りなんて、可愛くていいじゃないですか!これでいきましょう!」
「よし、じゃあ手紙に髪飾りを添えて送ろう!手紙の内容は、どうすればいい?」
「髪飾りは、友好の印ということで送ればいいと思います。なので、手紙の内容もそういった形でいいんじゃないでしょうか」
「よし、早速髪飾りを手に入れよう!」
数時間後。
「こんにちはー!」
「髪飾りはどうだった?」
「はい、バッチリです!」
千代は、手に持っていた髪飾りを机の上に置いた。
「よし、あとはこの手紙と髪飾りを使者に送らせるだけだ!」
「あとは返事を待つのみです!」
二日後。
「返書が届きましたよー!」
「よし、見せてみろ!」
私は千代から手紙を受け取ると、じっくりと読んだ。
「あの髪飾りをかなり気に入ったらしい。文も厚礼だ」
「あと、これが返書に添えられてました」
千代は、細長い包みを私に手渡した。
私が早速包みを机の上で開いてみると、
「刀だ!しかも、これは名刀だぞ!」
「すごいですね!これで両者の関係は友好的になりましたよ!」
「そうだな!次はどうすればいい?」
千代は自信あり気にニヤリと笑うと、言った。
「デートに誘っちゃうのはどうです?」
「デ、デ、デートだと!?まだ友好的になったばかりだぞ!」
「このまま互いの顔も見ずに物を贈りあっていても、進展しません。直接会うべきです!」
「でも、どこで……?」
「ちゃんと考えてあるんですよー」
千代はそう言うと、懐から地図と数枚の紙を取り出して、机の上に置いた。
「我が国の領国内では、相手が警戒してしまいます。また、相手の領国内でも将軍が危険にさらされる恐れがあります。なので、この河下城と佐貴城の境目にある無所属領域ではどうでしょう?」
「うん。でも、どこかデートに最適な場所はあるのか?」
「この資料をご覧ください。ここには美味しい茶店があるんです!」
「よし、じゃあ決まりだな!早速手紙を書くぞ!」
二日後。
「返書が届きましたー!」
「よし、どれどれ」
私は返書を読み終えると、思わず立ち上がった。
「よし!誘いに乗ったぞ!」
「やりましたね!」
私は窓の外を眺め、太陽を仰いだ。今日は雲一つない青天だが、それ以上の煌めきを感じた。希望とは、こういうものだろうか。展望が開けてきたような気がした。
千代は私のそばに寄って、耳元でこそっと囁いた。
「このデートで、オトしてきてもらいますからね?」
「えぇ!?」
「当たり前です、せっかくのチャンスなんですから。せめてここで好印象をあたえないと、今後誘いに乗ってくれないかもですよ?」
「しかし、どうしたら……?」
「ふふん、これです!」
千代は懐から分厚い冊子を取り出し、机の上にバンと叩きつけた。
「これは……」
「恋愛完全攻略マニュアルです!ここ何日かで完成させました!」
「で、これでどうするんだ?」
「デートの日まで、私がこれを使ってみっちりしごいてあげますからね!」
マジか、と内心思いつつも、私は覚悟を決めた。将軍は、国を背負い、人々の命を背負う重大な役職だ。この重大な責任を全うするためなら、何だってやってやる。
ようやくいつもの私らしくなってきたようだ。私はフッと笑みを浮かべ、叫んだ。
「分かった!頼む!!」
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