第17話 カノジョとのヤクソク

都内新宿、某所。

「ねぇ、ママ」

「なにかしら、ソラちゃん」

ハイツ・ムーンライトそのものは健在だった。スティグマという最高戦力と、コチョウランという新たな仲間を失いはしたけれども、ハイツの機能は失われていない。ルナチャイルドをたまたま見つければそこに匿ったり、ドーナイザーから逃げ回ったり。日常としてはそう変わりない。

「あいつら、うまくやってるかなぁ」

「……さぁ、どうかしらね」

「冷たいね」

「私はハイツ・ムーンライトの主ですもの。外のことまでなんて、手が回らないわ」

「そりゃあそうだけどさ。もっと、なんかこう、感慨とか無いワケ」

ソラが頬を膨らませてママに抗議する。その中には多分に、オオカミに置き去りにされたのだという事実に対する不満も含まれているのだろう。

結局オオカミは、徹頭徹尾ユナのものだった。

ソラはそれが、気に食わない。

「あんなに頑張って助けてくれたのになぁ」

「……ふふ、ソラちゃんは可愛いわよ」

「そのごまかし、ママじゃなかったらぶっ飛ばしてたからね」

「そう……ごめんなさい」


ハイツ・ムーンライトは今日も平常運行。

何の異常も無く、時折降ってくる変化、即ち新しい仲間を受け入れながら、日々を過ごしていく。

優しい、閉じた世界。



「なぁ、シンヤ」

「なんだ」


かつてソラが目指した首都高を越えて、オオカミたちは新宿を離れ西へ逃れ、下北沢の雑踏に紛れていた。

その両手はしっかりと繋がれている。決して離れないよう、指と指とを絡ませて。

「なんだ、ユナ。言いよどむなんて、お前らしくない」

「あんな……改めて言うのめっちゃ恥ずかしいんやけど。何ならあたしら一回しとるんやけど」

雑然と、数多の商店が建ち並ぶこみごみとした街。道を行く人も様々で、オオカミたちのような若者がいても何ら不自然ではないし、古着を適当に纏った二人はむしろ、その町に溶け込んですらいた。


「ちゅー。せぇへん」


「構わないが、なぜ今なんだ」

「構わんのね。ちょっと屈んで」


軽く、そうするのが本当に自然なことであるかのように、唇と唇が触れ合う。その柔らかさを味わうことに関して言えば、オオカミは初めてだった。最初にしたそれは、叩き付けるような勢いで、正直なところ痛みしか無かったから。

「どういう心境の変化。あたしに触れるのすら嫌がっていたのに」

「……なんでだろうな。今は、そうするのがとても自然なことのように思えた。それだけのことなんだが」

「なんや、それ」

噴き出すコチョウラン。オオカミは気恥ずかしげに目を逸らして、紛らわすかのように頭を掻く。

「なぁ、適当なところで休まへんか」

「店はいくらでもある。そうだな、少し休もうか。そうしたらどこへ行くか決めよう」

「ええよ、決めなくて」

ユナがオオカミの前に回り込んで、その開き掛けた唇を人差し指で塞ぐ。

「あたしらの行くところなら、行けるところなら、どこでもええよ」

風任せ、と流すには二人の絆は強すぎて。

しかしどちらが引っ張るでも無く、二人の旅路は続いていく。


「……それもそうか」


ただ、さまようだけ。その果てに何を求めるでも無く。

しかし、それだけで。むしろそれができることこそが。

ふたりにとっては、十分な幸せなのだった。


「私の……ルナチャイルドの力。知りたくないんか。今ならだれも止めへんよ」

「……改めて知ったら怖くてできなくなる」

「何ができなくなるんね」

「うるさい。でも」

オオカミは顔から火が出そうな思いをしながら、それを口にせざるを得なかった。自らがどんなに酷なことを、ユナに強いてきたのか、かみしめながら。


「そうすれば、ユナはきっと治ると思う」


その一言に、お互いが真っ赤になってしまって。

それ以上、何も言えなくなってしまった。

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ルナチャイルド・ストレイド 瑞田多理 @ONO

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