倒れた河童

朏 天音

倒れた河童

 その日私は、最近の猛烈な暑さによって干涸び、水の減ってしまったを出て、少し離れた大きな池へと向かうつもりでした。

 しかしその日の天気は、連日と同じ猛暑。

 少しばかりと言えど、水が蒸発するスピードは予想をはるかに超え、何も考えずにを飛び出した私には、到底叶う相手ではなかったのです。

 皿の水が消えて力が出ず、道端で倒れていた時でした。


「ね、ねぇ。大丈夫?」


 朦朧とする目では、うっすらとしかお姿を拝見することは叶いませんが、こんな私目わたくしめを助けようと、親切なお方がお声を掛けてくださったのです。

 しかし、動く気力さえ無い私には、口を動かして声を上げることも、手や足を動かして応えることすら出来ません。

 私が生きていないと判断したのか、助けることを諦めたのか、親切なお方は何処かへ行ってしまわれました。

 折角助けようとしてくださったのに、なんとも申し訳ない。

 そう思っていると、何やら頭上から涼しげな液体が降って参りました。

 雨のように細かく降るのではなく、滝のように束になって落ちて来たのです。

 すると、みるみる力が戻るではありませんか。

 親切なお方が、私の皿に水をかけて下さったのです。

 なんとお礼を申し上げていいのやら。

 力を取り戻した私は立ち上がり、親切な方のお顔を拝見させていただきました。

 幼くもお綺麗なお顔。

 袖の短い服がよくお似合いの方ですね。


「だ、大丈夫?」


 まだ心配して下さる!

 この方は、神や仏の使者であったりしませぬか?

 大丈夫だと言う意を込めて、私は一鳴きさせていただきました。

 親切な方のお顔は覚えたので、後日お礼でも持っていきましょうか。

 そんなことを考えながら、一礼だけして、再び私は池へと歩き始めました。



 後日、池には無事に到着することができ、引っ越しを無事終えることができました。

 なのでお礼をしようと、暑さ対策として夜に親切な方の家へ向かいました。

 池で釣った、新鮮な五匹の魚。

 お礼といえばこれ! 河童の常識です。

 またお会いできるとは思えませんし、ここなら直ぐに気づいてくださるでしょう。

 喜んでいただけるでしょうか。

 喜んでくれると、嬉しいですね。








 ある日の学校の帰り道。

 河童が倒れていた。


「え? 何これ、本物? は? 偽物……だよ、な?」


 まじまじと倒れている河童を見る。

 田舎とはいえ、河童なんて普通いるかよ。

 俺よりも背が低いから、置物だったらありえるけど……。

 なんて思っていると、微かに胸が動いているのが見えた。

 うん。本物。

 多分、本物。

 嘘だろ。本物。


「マジかよ……」


 妖怪なんて初めて見たし、なんなら本当にいるとか知らなかったし。

 どうしたもんかな……。

 考えていると、河童にはあるはずのものがないことに気づいた。


「頭の皿に、水が無い……!」


 小学校の頃に見た図鑑だったか、番組だったかで、頭の皿にはいつも水が入っていると言っていた気がする。

 しかしコイツはどうだ。

 空っぽ。

 というか、乾いてないか?

 河童的にはヤバくね?


「お、お〜い……! 生きてるか〜?」


 こんなところで死なれては、次ここを通るときに気にしてしまう。

 俺にしか見えない場合はなおさら。

 面倒だが阻止しなければ。


「お〜い。ねぇ〜」


 声をかけ続けると、河童の目がうっすら開いた。

 お! 生きてる!


「ね、ねぇ。 大丈夫?」


 反応が無い。

 目は開いているから、生きてはいるんだろう。

 全く体を動かせないのかも。

 皿に水無いし。

 河童にとって皿の水は、そんなに重要なものなんだな。

 さて、ここからどうしようか。

 ここで死なれても困る。

 が、俺にコイツを触って運ぶ度胸はない。

 ヌメヌメしてそうだし、気持ち悪そう。

 今は乾いてそうだけど。

 どうすれば万々歳で解決できるだろうかと悩んでいると、道の端に良いものが目に止まった。


「自販機! やっりぃ!」


 カバンから財布を出して、自動販売機で水を一本購入。

 ペットボトルの蓋を開けて、河童の頭に水をかけてやる。


「すげぇ〜」


 水をかけると、くすんでいた河童の肌が、みるみる鮮やかな緑へと変わっていく。

 見ていてちょっと面白い。

 嘴も白っぽかったのに、黄色くなった。

 水かけただけでこんなに色が変わるんだな。

 ペットボトルに入っている水を余すことなくかけ終わると、河童が急に起き上がった。


「うお! び、びびった……」


 動く姿を見れば見るほど、コイツが本物なんだとわかる。

 着ぐるみにしてはリアルすぎるし、ちっちゃいし。

 子供が着ているにしては演技がうますぎる。

 マジもんの河童に会っちゃったなぁ……。


「だ、大丈夫?」


 立ったは良いものの、全く動こうとしない河童に聞いてみる。

 あと、じっとこっちを見てくるのをやめて欲しかった……。


「グァッ!」


 急に河童が鳴いてビビる。

 な、な、な、なんだ!??!?!?

 目をパチクリさせてびっくりしていると、河童は静かに森の中へと去っていった。


「……河童の鳴き声、鴨みてぇ」


 唖然としまま、俺はそんなことを呟いた。



 後日、家の前に魚が五匹置いてあった。

 河童からのお礼だよな、多分。

 それくらいしか心当たりねぇよ。

 おそらく、ここに置かれたのは晩か、それとも朝か。

 気づかなかった俺も悪いけど、家の前とはいえ、ちょっとわかりにくい場所にあったもんだから、見つけたのは学校に帰って来た後だった。

 本日も猛暑。

 見事に腐っちまったようだ……。


「河童。なんか……ごめんな」


 ちょっと謝った。

 お礼、ありがとな。

 また干からびんなよ。



 数週間後、また別の道端で倒れてた。


「学習しろよ……」

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倒れた河童 朏 天音 @tukitune

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