第8話:忘れてた

 確かに、遥か上空から見下ろしたそれは、6本目の「轍」に見えた。しかし、他のものとは明らかに迫力が違っている。干乾びた大型河川の跡だと言っても通じるだろう。幅が「方舟」の全長よりも長いため、乗組員の足跡と考えるには無理があるように思えたが、自然物にしては余りに精緻で人工的だ。素人たちが好き勝手に私見を交わしていたところ、唐突に答え合わせが始まった。

 二体の宇宙人を仕留め損ねた人類がどのように事態を立て直すのか、数十億人の好奇の目が見下ろす中、突然とてつもない轟音と砂煙が上がった。視聴者は軍用機による爆撃かと色めき立ったが、残念ながら人類にそこまでの即応力は無かった。視界が晴れた後、そこでは体長50mを超える一本の巨大なチューブが波打ちながら狂ったように暴れ回り、兵士たちを砂ごと吸い込んでは数百m先まで吐き飛ばすという無慈悲な行為が繰り返されていた。

 この巨大チューブの名を、"トンネル"と呼ぼう。

 地球の生物を消費し尽くすために、"ちくわ"や"土管"たちを引き連れてこの星にやって来た、インバウンド集団のボスである。

 件の極太の轍は、彼女が残したものだ。

 過去に自らがこの星を調査し、希少なユートピアだと確信して意気揚々と舞い戻ったが、ここまでの往復に費やした僅か16万年の間に、生物群系が激変してしまっていたようだ。

 到着早々に"ちくわ"からの一報を受けて近辺を改めて調査したが、北の地では不夜城がひしめき、西の海岸でも高度な文明が築かれ、そのいずれでも「二本足」が我が物顔でのし歩いていた。この星を支配している彼らは、個体として見れば恐れるに足りないが、生息数と組織力が桁違いなので、長期的に見れば勝ち目はない。"マカロニ"の断末魔を聞いて一時帰還が必要と判断した彼女は、仲間に状況を説明し、恒星船に戻るよう指示した。

 "ちくわ"と"ストロー"が付近に辿り着いたのを確認すると同時に、"土管"と"ホース"の頭上に居残る敵を一掃し、船のハッチを開けて仲間を先に乗せたあと、二周ほど蜷局とぐろを巻きながら乗船した彼女は、全員が冬眠用ポッドに入ったのを確認して、発進ボタンを押し込んだ。

 一息ついた"トンネル"は、「方舟」調査のために乗り込んでいた、人類が誇る知の精鋭たちが40人ほど取り残され、身を寄せ合いながら恐怖に顔をひきつらせているのに気付いた。

 インテリジェンスで言えば、"トンネル"はこの調査団の誰が相手でも遜色は無かったであろう。"トンネル"達は同じ種でも個体間で能力や体格に著しい格差があった。"ちくわ"や"ストロー"は人間で言えば8歳程度の知能だが、惑星探査を担う"トンネル"のようなエリートは違う。現に彼女はここ2週間ほどの間にラスベガスやロサンゼルスで触れた文字情報から、米国英語の言語的構造をある程度把握している。オーラルコミュニケーションは難しいとしても、簡単な筆談は既に可能な域に達していた。

 "トンネル"は調査団の一人が手にしていたリーガルパッドと万年筆にひょいと触手を伸ばし、器用に「Hi,there」と記した。それを見た調査団員は顔を綻ばせ、未知の知的生命体に敵意はないと理解し、友好的な会話を積み上げることに没頭した。

 これは、"トンネル"にとっても非常に有益な時間であった。移住計画案の再構築に活かせるような、幅広い分野における高次元の知識をあらかた吸収し終えた頃、仲間の救出に必死で忘れていたのだが、ふと、自分も"ホース"以上に空腹であったことを思い出した。

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