5.悪役、分からせられる

第84話 メイドはもう、止まらない

 夏休みが終わり、今日から学校が始まるという朝。

 学校が始まるということで身体はどこかダルさはあるものの……憂鬱な気持ちではなかった。


 何故なら———


『夏休み明けはもっと関わろうぜ』

『またお話ししてねっ』


 夏休みの間にあった登校日。

 結斗、まひろやりいなというクラスで常に注目を浴びているメンバーと関わり続けていることで……なんと、俺の強面の見た目から抱かれる誤解が解かれ始めているのだ。


 ゲームでは、主人公と美人姉妹に関わっていたことで馬乗りされて体力がなくなるまでやられるという、バッドエンドになっていたのに……今回、中身が違うことで大きな変化が起きている。


「もしや、結斗やまひろやりいなといてもバットエンドにならない……?」


 あくまでバッドエンドだったのはゲーム内のこと。


 今はここが現実世界。

 そして、俺自身の人生。


 一緒にいて楽しいか、楽しくないか。


 人と関わる上でそんな単純な判断をしてもいいのかもしれない。

 悪役なんてポジションを気にしなくてもいいかもしれない。


 馬乗りされて体力がなくなるまでやられるなんてことは———


「まあ何はともあれ、が送れるようになることはいいことだよなぁ〜」


 そんなことを考えつつ、制服に着替えて扉を開けてリビングに入る。


 いい香りが鼻を通ったとの同時に、視界に入ったのは———メイド服に身を包む、黒色ショートカットの雲雀が朝ごはんを用意してくれている姿だった。


 今となってはこれが日常で、雲雀が朝ごはんを作っている姿を見ないと1日が始まらないなぁ、なんて思っている。

 

 ゲームでは出会えなかった雲雀だけど。

 こうして出会えて良かったと思っている。


「おはよう、雲雀。今日も朝飯作ってくれてありがとうな」

 

 目が合った雲雀に短い一言を掛けて、椅子に座ろうとした時。


「雄二様。料理を盛り付けるのを手伝ってはいただけませんか?」

「ん? 珍しいな?」


 いつも雲雀がテキパキと料理を作って盛り付けているので、俺は座って待っているのだ。


「いつもと違う私では……変ですか?」


 ぽつりとそう漏らした雲雀は……少し緊張ぎみに俺を見ていた。

 

「ちょっと驚いたが、全然変じゃないぞ。雲雀が俺を頼ってくれるならもちろん手伝う」


 俺は腕まくりをして、キッチンに立つ雲雀の隣に並ぶ。

 軽く雑談をしながら朝ご飯とお弁当を盛り付けてから、食卓につく。


 今朝のメニューはベーコン&エッグのパスタ。

 雲雀が味変として置いてくれている黒胡椒やオリーブオイル、粉チーズなどを好みの量掛けたらさらに美味い。


「今日も雲雀の作るご飯は美味いなぁ〜」


 そう言いつつ、2口、3口と次々に口に入れる。

 あっという間に綺麗に盛り付けてあったパスタがなくなり、おかわりする。

 おかわりしても食べるペースは変わらない。


「雄二様は今日も気持ちの良い食べっぷりですね」

「おう、雲雀の料理が美味すぎるからな」


 雲雀の絶品料理を食べるのが日常になりつつあるが……これって絶対普通じゃないし、むしろ幸せなことだ。


 もし、1人暮らしだったら、料理をめんどくさがって食パンに適当に塗ったやつとかレンジでチンして食べれるものばがりになっていたよなぁ。


 誰かとご飯を食べることはどこかホッとするし、楽しい。


 でも誰でもいいって訳ではなく……雲雀だから楽しいんだよなぁ。


「そういや、雲雀。改めて、プレゼントありがとうな。雲雀から貰ったのネックレス、大事にするよ」


 今日は学校に行くということで付けてはいけないが、金木犀のネックレスは箱に入れて大事に保管している。


 ゴールドにきらめく金木犀の花びらのデザインが散りばめられたシルバーのネックレスだ。


 雲雀はプレゼントを選ぶのに自信がないと言っていたが……実際貰った俺からしたらめちゃくちゃセンスがあると思った。


「気に入っていただけて良かったです。私が雄二様へ送るアクセサリーとしてと思って選びましたから」

「そっか」


 それって、俺のことを思って真剣に選んでくれたってことか。なら、なおさら嬉しいな!


「私も雄二様から頂いたイヤリング大切にします」


 雲雀が俺の顔を見ながら言う。


 俺が雲雀へプレゼントしたのは、花柄のデザインが入ったイヤリング。

 シンプルなデザインながらも、逆にシンプルな方が雲雀の容姿端麗な外見と合っているなと思って選んでみたのだ。


 雲雀も気に入ってくれたみたいで良かった良かった。


 雑談しながらの朝の時間もほどほどに。

 綺麗に食べ終わった食器を2人で洗ってから、俺たちは玄関へ。

 

 何故なら、今日から俺は学校だから。


「雄二様は今日から学校が始まるのですね」


 靴を履いている時、背後にいる雲雀がそう言った。


「そうだなぁ。今日から学校だなぁ。夏休みが終わったのは残念だが……まあ、学校が始まるの自体は俺は嫌じゃないな」

 

 なんたって、俺の誤解が解かれようと———


「私は……嫌ですね。……1番隣にいられないですから」

「え?」


 ……嫌?


 その言葉の意味は分からない。

 しかも後半は、か細い声だったので何を言っているのか聞こえなかったが……振り向けば、視線をやや下に向けている雲雀が。


 俺が見つめていると、雲雀は視線を合わせて。


「雄二様。私が……今日は学校を休んでくださいと言ったら、貴方は休んでくれますか?」

「……。……雲雀?」


 予想外の言葉が聞こえ、雲雀の問いかけに答える前に少し間を開けた後、彼女の名前を呼ぶ。

 

 視界に映る雲雀は、いつもと変わらない。

 いつも通りの淡々とした口調で無表情でクールな佇まい。


 でも、どこか違う……?


「……」


 じっ、と。真っ直ぐな雲雀の視線が俺に集中している。


 俺の、次の言葉が重要だとばかりに目を離さない雲雀。


「ひ、雲雀がどこか体調が悪いなら休むけど?」

「……」


 俺がそう言えば、雲雀は不服そうに眉間に眉根を寄せた。


 どうやら余計な一言だったみたいだ。


「私は絶好調ですよ。ワガママを言ってしまうくらいに」

絶好調ワガママなのか。それはそれでいいと思うぞ」

「はい。ですので、私は止まりません。覚悟してくださいね?」

「お、おう?」


 なんだか宣誓布告っぽいことを言われたのだが?


 首を傾げる俺に、雲雀は続きを話す。


「先ほどのワガママは流石に困りますよね。雄二様が学校を休むのは諦めます。ですが……今日は早く帰ってきてくれると嬉しいです」


 そう言い終われば、ふわりと笑った雲雀。

 笑った……ん? 笑った!?


 あまりに自然な笑みだったので気づくのに遅れたが、雲雀が今、笑ったなぁ!


 いや、笑うことはいいことだ! そんな過剰に反応しなくてもいいだろっ。

 普段の雲雀は、真顔で無表情なのとが多いけどちゃんと笑うし!


 でも雲雀って……最近、よく笑うようになったよなぁ。


 それって、俺の前だからとか———


「雄二様?」

「あ、いや……なんでもないぞ! わ、分かった。今日は学校終わったらすぐ帰ることにする」


 俺がそう言えば……小さくながらも口角を上げて笑った雲雀であった。



◆◆


「んじゃ、行ってくるなー!」


 ぶんぶん、と大きく手を振り、学校の敷地に入っていく雄二様。


 私は今日もその後ろ姿を見送るだけ。


 ここから先へは私は足を踏み入れることも、一緒に過ごすこともできない。

 

 私と雄二様はあくまでメイドと高校生。

 

 けれど……。


 金木犀の意味は――『初恋』


 私は笠島雄二という男性に惹かれた。

 好きになった。

 もう、自分を誤魔化さないって決めた。


「まだ授業さえも始まってもいないというのに……早く帰ってきて欲しいと思ってしまいますね」


 私は自分が思う以上にワガママだったかもしれない。


 相手が好きな人なら、より一層。


 だから私はもう、止まらない。



——————————————

大変お待たせいたしました。

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馬乗りされて体力がなくなるまでやられる悪役〜今度は主人公の好感度を上げまくっていたら全員に惚れられた件〜 悠/陽波ゆうい @yuberu123

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