第83話 メイドは素直(ワガママ)を覚える
会話もほどほどに切り上げ、りいなと別れ、俺は再び雲雀を待つことに。
「雲雀遅いなぁ。もしや、またナンパにでも———」
「ようやくお1人になられましたか」
聞き慣れた綺麗な声が耳に届く。
振り向けば、片手にはアクセサリー売り場のロゴが入った上品な黒のショッパーを持った雲雀が立っていた。
が、その無表情な顔は……少し不満げにも見えた。
そこで俺はハッと気づく。
「も、もしかして……俺がりいなと話していたところを見てた?」
「……」
「えと、雲雀……?」
「何も見てませんけど」
と言いながら雲雀は俺から顔をそむけた。
「その反応は見たってことだよな!? ご、ごめん! 俺が待っていたんじゃなくて、雲雀に待たせていたんだなっ」
備え付けのソファの場所からアクセサリー売り場が見えるなら、アクセサリー売り場からもこちらが見えるだろう。
俺とりいなが話しているのを見つけた時、雲雀は配慮して待つことを選んでくれたみたいだけど……やっぱり待たせてしまって悪いことをしたなと思う。
それに、いくら知り合いのりいなに会ったからといって、今日ずっと隣にいた雲雀を放っておいてベラベラと喋っているのはダメだよな!
しかも今日のお出かけは俺から誘っておいてだし!
俺、大馬鹿じゃん!!!!!
「本当にごめん!!」
顔の前でパンっと手を合わせ、頭も下げる。
「そんなに謝らないでください。雄二様がいつどこで誰と話そうがご自由だと思いますから。ですが、私を放置して楽しそうに話していたのには少しムカつきました」
「本音はどっち!?」
雲雀の真顔からはまだちょっと不満そうな感じがあるので後者の方が本音かな?
すると、雲雀は俺の背後側から回ってきて……俺の正面に立つ。
俺は座っているので雲雀を見上げる形になり……。
と、雲雀が口を開く。
「すぐに終わります。今から私が言うことに従ってください」
「え?」
「いいですね?」
「は、はい……。仰せのままに……」
きっと待たせてしまったからお仕置き的なことをされるのだろう。
俺が全面的に悪いし、何をされても仕方ない。
「でも痛いのは勘弁してほしいかな! 鞭とかケツバットとか!」
「雄二様は私のことをドSだと勘違いしているのですか?」
「えっ、違うのか?」
「……」
「……?」
「まず、お手」
無言よりもこの流れでその言葉が出てくるのが1番怖いんだけど!?
差し出された雲雀の手を俺は無言で見つめる。
って、まさかこれ……!!
瞬間、とある光景が脳内に流れる。
あれは雲雀と過ごして間もない頃。
ちょっとでもいいから雲雀の真顔以外の表情も見たいということで試した——
『まず、お手』
『なにかと思えば……。はい』
『おかわり』
『はい』
『ちんちん』
『……』
これ絶対……お手、おかわり、ちんちんの流れだろ!
まさか雲雀にやり返されるの日が来るとは!!
「雄二様、早く手を乗せてください」
「……はい」
俺は小さく頷く。
まあ俺が悪いわけだし、従うけど。
たとえ、ショッピングモールという老若男女、カップルが多い場所だろうが俺はやりきってみせるぞ!
そうして雲雀が差し出した手に、俺はゆっくりと手を置いた。
次の命令を身体を強張らせて待っていると……。
「……」
雲雀は無言で……俺の手を握った。
「雲雀?」
「雄二様は外見でよく誤解されがちです」
「お、おう? まあ、そうだな。相当強面の顔だから第一印象は間違いなく悪いなっ。視界に入っただけで変な噂は流されるし、眉間にシワを寄せるだけで怯えられるし、話せば逃げていくやつが多いしっ」
今ではもう慣れた周りから抱かれる最悪な第一印象に俺はフッと笑いを漏らす。
そんな俺を見て雲雀は……何やら真剣な表情になった。
「ですが、私から見た雄二様は……外見も内面も魅力的ですよ。無自覚に誰かの心を揺さぶる悪い人と思ってしまうほどに」
俺に言い聞かせるかのように、雲雀は言葉を区切りつつもハッキリと言った。
俺はその言葉に……目を見開いた。
ただただ無言で、雲雀を見ることしかできなかった。
雲雀はというと、スッと瞑り……ゆっくりと瞼を開けるのと同時に、口を開いた。
「雄二様は強面の顔ですが、実は感情によってその表情はコロコロと変わり、見ているだけで飽きないです。雄二様自身は、明るく気さくでノリも良いです。人当たりの良い雄二様なら外見に関わらず、誰とでも仲良くなれるでしょう」
雲雀は一息つき……また、続ける。
「そして雄二様は……困っている人がいれば嫌な顔ひとつせず、自分のことなんて顧みず助けにいく。辛い過去なんて知らないはずなのに、対等に向き合おうとしてくれる。そんなどうしようもないお人好しでもあります」
「……」
俺はまだ無言でいる。
雲雀の言葉をただ聞くだけになっている。
俺……今、雲雀に褒められているのか?
嬉しいけど……どうして今なんだろ?
そんな疑問が生まれながらも俺は、雲雀の言葉を一言一句逃さず聞く。
「雄二様の魅力的な人柄にこれから多くの人が惹きつけられるでしょう。そして……雄二様と一緒にいるのは私ではないことが増えてくると思います」
そう言う雲雀の真顔からはちょっと寂しげな雰囲気を感じた。
「そ、そうか? これからも俺は雲雀と一緒だと思うけど?」
家は一緒だし、雲雀さえよければ、これからもこうしてお出かけするつもりだし。
「相変わらず無自覚ですね。雄二様はそのままでもいいと思いますよ。でも、そんな貴方だから私は……
「へ?」
眉ひとつ歪め、クールな口調で雲雀が普段は言わないことを言ったような気がして、俺は素っ頓狂な声を上げた。
「雄二様」
雲雀の綺麗な瞳が、俺の顔を覗き込んでくる。
俺も吸い込まれるように見入り、俺と雲雀の目がジッと見合う。
と、雲雀が口が開き。
「このショッピングモールにいる間、この手は私と繋いだままでいてくれませんか?」
ハッキリながらもどこか不安が混じったような声色。
それに先ほどまで俺のことを真っ直ぐ見ていた雲雀の瞳は微かに揺れている。
俺を握る手も……ぎゅっと締めつけられる。
これじゃあ離せないし、そもそも俺は断るつもりもない。
少しの間を開けた後、俺はふっと笑みを溢し。
「雲雀なら喜んで」
大きく頷いて、立ち上がる。
手は繋いだまま、雲雀の隣に並んだ。
「ありがとうございます。では次は2階にいきましょうか」
「おう」
そう決まれば、お互いに手を繋いだまま歩き出す。
水族館でも手を繋いだが……今はなんだがむず痒い。
そんな気恥ずかしさを感じながらも不意に隣の雲雀を見れば、艶やかな黒髪はショートカットが歩くたびにゆらゆらと小さく揺れる。
そこから甘い香りが漂う。
やっぱり雲雀のような美人はスタイルだけではなく、匂いもいいのか……。
シャンプーは同じのを使っているけどなぁ……って、いかんいかん!
思考が変な方向に行きそうなのを頭をぶんぶん振ることで消し去る。
隣にいることが1番多くて、顔を見合わせれば何気ない会話からぶっ飛んだ冗談まで楽しく話せる雲雀。
そんな雲雀に……今日はドキドキとすることが多い。
いや、雲雀は誰もが振り返って見入ってしまうような美人だ。
そりゃドキドキもするだろう。
だから俺がドキドキしているのも当たり前で……。
でも、それだけじゃ何か足りないほど俺の鼓動は早くなっている。
頬が熱い。
なんだがそわそわしてしまい、視線が落ち着かない。
何故だろうと思うも、分からない以外の理由は見つからない。
最初会った時の雲雀は、完璧な美人メイドという印象だった。
最近は砕けた口調で喋ってくれるようになり、どんどん素直になってくれて……さらにはワガママまで言うようになってくれた。
俺は雲雀に信頼されていると実感できる。
でも信頼だけじゃなくて……。
横目に雲雀のことを見ながら、ふと思う。
雲雀って……俺のこと、どう思ってくれているんだろうな。
◆◆
昔から1人でいることは苦ではなかった。
慣れていた。
私はそういう人間だと開き直っていた。
でも最近は、1人になると寂しさを感じる。
それもいつも隣にいた雄二様が他の誰かと一緒にいることに……胸がズキリとしてしまう。
私は、雄二様とりいな様の楽しげで微笑ましいやり取りを見て、その2つを同時に感じてしまったのだ。
また、自分らしくない感情だ。
そして今日は……口に出してしまうほど溢れ出したようで。
「相変わらず無自覚ですね。雄二様はそのままでもいいと思いますよ。でも、そんな貴方だから私は……
自分でも驚くほど、その言葉がスッと出ていた。
本当に
自分が思っている以上に……私は雄二様のことを好きでいる。
一度、好きな人と意識してしまえば、
「このショッピングモールにいる間、この手は私と繋いだままでいてくれませんか?」
まるで対抗するかのように、そう提案している自分がいる。
「雲雀なら喜んで」
雄二様は相変わらず気づかない。
鈍感で無自覚で、誰にでもそうやってはにかんで……。
貴方が誰にでもそうなら。
私はもう、自分を誤魔化さない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます