第82話 悪役とメイド以外の呼び捨て

 昼飯の場所は俺だったので次は雲雀が選んだ場所だ。

 時間的にここが最後になるだろう。


 雲雀が選んだ場所は————


「ショッピングモールかぁ」


 辿り着いたのはショッピングモール。

 しかもここは……。


『林間学校に必要なものを買い揃えましょう』

『変に疑った俺が馬鹿でした』


 林間学校前に行ったあのショッピングモールである。

 思えば、あの日から雲雀の感情が少しづつ読めるようになったんだっけなぁ。


「意外でしょうか?」

「てっきりもっと派手なところに行くかと思った。また遊園地とかさ」

「そうですね。遊園地も楽しかったですが……こちらの方がなんだか懐かしい気がしまして」

「なるほどな」


 周りを見渡してみれば、なんだが懐かしさを感じる気持ちも分かる。


 雲雀も当時を思い出したかのように、周囲を眺める。

 そして視線は……アクセサリー売り場の方へ止まった。


『雄二様行きましょう』

『えっ、ちょ……買わなくていいのか?』

『はい。見ていただけなので』


 あの日は俺の買い物が優先だったのか、熱心に見ていた割にはすぐに店を出て行ったけど……。


 今日は雲雀が選んだ場所で、つまりは雲雀が行きたいところ優先。


「まずはアクセサリー売り場に行ってみるか?」

「そうですね」

 

 雲雀は素直に相槌を打ったのだった。



◇◇


 アクセサリーショップに入って数分後。

 女性客も少なくなってきた頃、俺は雲雀に聞いてみることに。

 

「そういえば雲雀はあの日、どのアクセサリーを見ていたんだ?」

 

 買うんだったら、そのアクセサリーが候補になるだろう。

 

 雲雀は俺の方を見てから、首を少し動かして周りを見渡し……スタスタと斜め方向に歩き出した。

 俺は雲雀について行く。


 そして雲雀の足はとあるコーナーでピタリと止まった。


「あの日に見ていたのはこちらのネックレスですね」

「ほう、ネックレスぁ……」


 雲雀が視線を向けているコーナーに俺も視線を向ける。

 

 シンプルなデザインのネレックレスが並んでいた。色はシルバーからカラフルなものまで豊富である。


「種類が多いなぁ。この中で雲雀が気になっているネックレスとかあるのか?」

「私はそうですね……。こちらのネックレスですね」

 

 雲雀がネックレスをそっと優しく手に取り、俺の方にも見やすく向けてくれる。


 シンプルなデザインのネックレスで細めのチェーンの先に繋がれているのは、小さめながらも美しく輝くクリスタル。


「確かに今の雲雀の私服にも似合うな」


 横目に雲雀を眺める。

 涼しげなノースリーブシャツとすらっと伸びた綺麗が足が映えるワイドパンツ。

 髪はショートカット。

 今の爽やかな雲雀の容姿には、こういうシンプルなデザインのネックレスの方が良いな。


「俺も実際に触って見たりしていいか?」

「どうぞ」


 雲雀からネックレスを受け取る。

 近くで見れば、クリスタルの周りの部品も細かいデザインが施されており、いい品というのが分かる。

 値段はあえて見ない。

 大体、大丈夫だろう。ここはお金持ちというところに頼らせてもらおう。


 俺はネックレスを持ったまま、レジの方へ———


「待ってください、雄二様」


 ぐいっ、と。雲雀に腕を掴まれて足が止まる。

 ゆっくりと雲雀の方を見れば……ジトッとした目をした雲雀と目が合う。


「雄二様。レジへ行くのですか?」

「お、おう。まあな。……考えがバレてる?」

「はい。ずっとソワソワしてましたから。もしかしなくても、私が欲しいネックレスを購入してくださるおつもりですか?」

「……はい」


 俺は素直に頷いた。


 サラッと会計を済ませて、プレゼントをする作戦はバレバレだったみたいだ。

 そりゃ突然、この前気になっていたアクセサリーのことを聞いたり、女性ものなのによく見たいと渡してもらうように言ったら、予測できてしまうか。


「雄二様は意外と分かりやすいですよね」

「えっ、俺って分かりやすいの!?」

 

 強面の主張により、ポーカーフェイスは上手いものかと思っていたが、そうでもないみたいだ。


 ここは気持ちの方も素直に告げるか。


「アクセサリーをもし買うんだったら、普段のお礼ってことで俺からプレゼントさせてくれないか?」


 家事や身の回りのお世話を毎日してくれている雲雀。

 それが仕事上だとしても、感謝の気持ちは伝えたい。それも言葉だけでなく物でも。


 ちょっと気恥ずかしくなって頬をかく。


「……雄二様」


 ふと、雲雀の二重の大きな目がまっすぐ俺を捉えて。


「私ばかり貰っていては申し訳ありません」

「ん? 俺が雲雀に何かをプレゼントするのは初めてじゃないか?」

「いえ、物ではなく楽しいことや思い出と言いますか……。雄二様は色々と鈍感ですよね」

「ご、ごめん……」


 一応、謝っとく。

 さっきは俺のことを分かりやすいと言ったのに……。女心というのは難しいなぁ。


 でもここで引き下がるわけにはいかない。

 引き下がったら、雲雀はまた遠慮してネックレスを買おうとしないだろうし。


「じゃあお互いにプレゼントし合うのはどうだ?」


 そう提案してみる。

 お互いにプレゼントし合うなら、申し訳ないという気持ちはないだろう。


「男性の方はあまりアクセサリーを付けないイメージがありますが」

 

 雲雀の言う通り、男はネックレスやここに売ってあるペンダントやイヤリングなどのアクセサリーは、お金持ち以外付けないことが多いだろう。

 世の中の大半の男はアクセサリーにお金を掛けるぐらいなら、飯代や趣味代にお金を掛けるからな。


「確かに俺はアクセサリーはあまり付けないけどさ、今日のこの思い出が付ける理由になるだろ?」


 アクセサリーを付けない1番の理由は、自分じゃ付ける理由が思いつかないから。だから他のものにお金を回してしまう。


 でもそのアクセサリーが誰かに貰ったものなら、それだけで付ける理由になる。


 はにかみの混じった笑みを見せれば、雲雀は何故か口をぎゅっと結んだ。


「雲雀?」

「……私が選んでもいいのですか? 雄二様のアクセサリーを」

「いいも何も……俺は雲雀に選んで欲しいけど」

「……。そうですか」


 またぎゅっと、口を結んだ雲雀。でも解けていくように……。


「自分で言うのもなんですが、私は人のためにプレゼントを選んだことがあまりありません。つまり、センスなどは期待しないでください。私がゴリゴリの鎖のネックレスを選ぶ可能性だってあります」

「ゴリゴリの鎖のネックレスは俺の外見的に似合うかもだけどさぁ!? できれば普通系がいいかなっ」

「雄二様は普通系がいいのですね」

「誰だって普通系がいいと思うが……」

「私のセンス、期待しないでください」

「普通系にもまだ不安要素があるの!?」


 他に思い当たるアクセサリーに鈍器や武器的要素があるものあったっけなぁー。


「やっぱり止めておいた方がいいですよ。私では失敗することがありますから」


 雲雀は惜しむようにそう言うけど、俺は真っ直ぐ雲雀の目を見つめ、


「プレゼントに失敗も何もないだろ? それに雲雀が俺に似合っていると選んでくれたのなら、俺はそれを喜んで付けるだけだ」

「……。雄二様には敵いませんね」


 雲雀は呟き、くるりとアクセサリーコーナーの方へ身体を回した。

 これでは顔が見れないものの、


「ではお互い相手に似合うアクセサリーを選んでプレゼントし合いましょうか」

「おうっ」


 プレゼント交換に乗る気になってくれたようだ。

 雲雀の言葉に大きく頷いた後、俺は他のコーナーを見るために反対方向へ歩き出す。

 それに、俺が傍にいたままじゃ雲雀も選びにくいだろうしな。





 数分後。

 先にアクセサリーを選んで会計を済ませた俺は、備え付けのソファに腰を下ろす。

 

 視線の先には、真剣にアクセサリーを選ぶ雲雀の姿があった。


「すごい真剣に選んでくれるなぁ。女性って、アクセサリーを相手に送る時にも時間を掛けるものなのかな?」

 

 まあ雲雀の場合はさっきの話の流れで慎重に選ぶ理由が分かるけど。


 俺はというと、候補はすぐに絞れたのでその中から買ったという感じだ。

 悩んだ時間は雲雀よりも短いものの、俺だって適当に選んだわけではない。


 雲雀に似合うものを選んだつもりだ。


「雲雀……喜んでくれるといいな」


 隣に置いてある袋の中の箱。それを手に取ろうと———


「あっ……笠島」

「ん? あっ」


 足音がしたと思い、不意に振り向けば——りいながいた。

 って、ことは結斗も……。


「ゆいくんなら一緒にいないから」


 俺の視線が周りを探すように動いていることに気づいてか、りいながジトッとした目を向けて、言う。

 

「そうなのか。意外だな」

「なんか、ゆいくんがいないと私が行動しないとか思ってない?」

「そうじゃないのか?」

 

 学校では結斗と片時も離れないようにほぼ隣にいるし。

 結斗に何かあったらめちゃくちゃ怖いし。

 ゲームのバッドエンドルートでは、馬乗りして体力がなくまで笠島雄二をフルボッコにしてた美人姉妹の1人だし。


 言葉にはしていないが、俺の表情が似たようなことを物語っていたのだろう。

 呆れたようなため息と視線を送ってくるりいな。


「私、別にそんなにゆいくんに依存してないし……」


 その発言にもツッコミたかったが、なんとか我慢。


 本来、姉妹のヤンデレ要素を引き出す役割である雄二が何も行動を起こしてないから今は安静とはいえ……。

 奥底にはきっと、重い感情を秘めているのだろう。

 ……無自覚のままも恐ろしや。


「……その目、なんか腹立つんだけど」


 ついには、ムッっとした表情になったりいなから俺は視線を逸らしつつ……次に目が向いたのはりいなの私服。


 結斗たちとプールに行った時のミニスカコーデとか違い、今日はふわりと広がるロングスカートのコーデ。

 なんというか、りいなならもう少し大胆で色っぽい服装かと思ったが……こちらも意外である。

 しかも、髪型もいつものツインテールではなく下ろしており……。


「な、なに……」


 相当長く見つめてしまったのか、りいなが手で身体を隠すようなポーズを取りながら俺を見た。


「わ、悪い……。今日のりいなさんの私服って、意外と爽やかな感じたなぁと思ってさ。それが変とかじゃなくて、似合っているけどさっ」


 慌てながらもそう答えれば、りいなは身体を隠していた手を下ろして……。


「いつもはゆいくんがいるから大胆な服装だけだし。私、普段はこういうシンプルで緩い感じが好きだからこうしているだけ」

「へぇ。そうなのか」


 そう言えば、前にお礼として家で手料理を振る舞ってもらっていた時にも、ぶかぶかのパーカーを着ていたなぁ。

 まあどちらにしろ、りいなは美少女なので何を着ても似合うけど。


「……ふーん」

「……ん?」


 今度はりいなが俺の顔をじっと見つめていることに気づく。


「笠島の方こそ、なんか今日は決めてるじゃん。髪とか切っちゃてさ」

「おお、俺が髪切ったこと分かるのか。今日はいつもより2割増しカッコいいとか?」


 わざとらしくキリッとした表情にしてみる。


「いや、まあ……悪くはないけど」

「え、あっ、気遣いありがとう!」


 冷たい返しがくるかと思えば、まさかの気遣われた。

 俺からそう振ったので、自分でなんとかこの話は完結させる。


 さて、気まずくなったので別の話題でもと思っていると……先に口を開いたのはりいなの方で。


「というかさ、そのりいな"さん"って呼び方……」

「呼び方?」

「うん、呼び方。なんか……嫌だ」

「……ついに様をつけないといけないのか」

「そうことじゃない」


 りいなから速攻ツッコミをもらう。


「じゃあどうすればいいんだよ。名字呼びにしろとか? でもそれだと姉のまひろさんと紛らわしいと思うけど」

「いや、そうじゃなくて……その、だから……」


 自ら話を進めたりいなだが、言いずらいのか目を伏せた。

 数秒ほど口をモゴモゴ動かしていたが……意を決したように俺の方に視線を上げて、ゆっくり口を開いた。


「別に……でもいいじゃん」

「へ?」


 思わず、間の抜けた声が漏れる。


「だ、だから! 私のことを"さん"付けじゃなくて……って呼べばいいじゃんって言ってるのっ」


 俺のポカーンとした顔が気に食わなかったのか、2回目は途中で言葉の歯切れが悪くなりつつ、最後には語気が荒らくもそう言い切った。


 りいなを呼び捨てで呼ぶ……? 

 しかも本人からその指示が?

 一体どういうことだ? ゲームではあり得ない展開だが……。


「……なにその目」

「予想外すぎるだろ……」

「わ、私だってこんなこと言うとは自分でも思ってなかったけどっ」

「思ってなかったけど……?」

「私にも理由がなんだがよくわかってない。でも……」


 りいなは俺から一度視線を逸らし……。


「私が呼び捨てしていいって言うのがそんなに……変?」

「……」


 今度は何やら眉を下げて俺を見た。

 何故かちょっと不安げに。


 そんな目をされたら、ここで断ったらなんか悪い気になってしまうじゃないか。

 まあ名前の呼び方ぐらい……。 

 

 俺は少し息を吐き……。


「じゃあ、まあ……。りいな」


 りいなを見てそう言えば……顔を逸らされた。


「なんだよ。呼ばれて嫌なのかよっ」

「別に嫌とかじゃ……ま、まあ慣れるまでは……慣れるまで……」

 

 途中で尻すぼみになり、りいなは口をもごもごさせている。


 どうやら俺にりいなと呼ばれるのは嫌ではないが、慣れないみたいだな。


 俺の方は、心の中では毎回りいなって呼んでいたし、違和感はほとんどない。


 だが、問題はある。


「じゃありいなは、俺のことはなんて呼ぶんだよ」

「え?」


 今度はりいなから声が漏れる。

 そんな彼女に俺はハッキリ言うことにした。


「今更だが俺の顔面は怖い。このヤクザやヤリチンみたいな顔面というだけで、初対面の印象はどれほど最悪で勘違いされることか……」

「それはそうね。お疲れ様」

「ありがとう。そんな俺がりいなのことをこうして呼び捨てにして、でもりいなは俺のことは笠島と名字呼び。これだと……」

「これだと……?」

「俺がりいなのことを勝手に呼び捨てにしている痛々しい奴じゃないか! いずれ、近寄るなとか脅すな、まとわりつくなどの罵詈雑言を言われるに違いない! 俺はそれが嫌だ!」


『なんだよ! 思ったより良い奴じゃねーか!』

『まだちょと怖いけど……いい人寄りそうだよねっ』

『ねーねー。まひろさんやりいなちゃんと仲良いよねっ? 話聞かせて〜』

『結斗氏のお話もぜひ……!』


 夏休み途中の登校日のあの反応。

 クラスメイトたちにもついに俺の外見の印象や誤解が解け始めているんだ。

 この機会を逃すわけにはいけない。

 ましてや、悪い印象を持たれるわけにはいかない。


 呼び方ひとつで変わるか? と思うが……見た目が違うと何事においても印象が変わるんだよ!!


「アンタもめんどくさいね。まあ気持ちは分かるけどさ」


 そう言うりいなは、俺の話が長くなると予想したのか、ソファの背もたれの部分にお尻を乗っけた。

 

「だからりいなも呼び方変えてくれないか? できれば笠島以外の呼び方で頼む」

「まあそれなら……。笠島の別の呼び方かぁ。ゆいくんとゆーくんはダメだし」

「結斗特権ってやつか」

  

 それは仕方ないな。

 

「笠島雄二……ゆうじ……じぃ?」

「おじいちゃんかよ俺! もっと普通の呼び方がいい!」

「わかままか。じゃあもう雄二しか残ってないんだけど……」

「残ってないも何も、それが俺の名前ですけど。もう雄二呼びで良くないか?」

「……」

「……?」


 えっ、なんか嫌そうなんだが!?




 雄二とりいな。

 顔を見合わせれば憎まれ口の応酬だが、その割には会話は続き……。


「アンタの名前の呼び方、難しいんだけど……」

「あだ名を付けようするから悩むんだろうがっ。普通に呼べよ!」


 受け取り方によっては、この感じが微笑ましいとも取れる。


 その光景を見ている者は———もう1人。






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